私をみつけて離さないで
7.帰郷



8月に入って間もなく、真さんがはい、といって新幹線のチケットをくれた、本当に用意してくれたんだ。

「ん? 10日と20日……?」

行きは10日、帰りは20日、ともに午後発のチケットだった。
長い。
盆休みだと言うから、4、5日、長くても1週間くらいだと思っていたのに。

「ちょうど東京で仕事が入ったんだ、帰りは一緒に帰ろうよ」

これまでにも度々関東へ出張はしている、日帰りの時もあるけど、横浜のお母さんの実家に泊まる時もあった。

「うん、判った」

この時は確認もしなかったけれど、じゃあ帰りは新横浜駅で待ち合わせかな、くらいに思っていた。





実家は八王子の駅から徒歩で10分ほどの住宅街にある。

久々の実家は、なんだか普通だった。以前はもっと居心地が悪かったのに、普通におかえりと歓迎され、普通にあなたの好きなご飯作ったからと言われ、あれ? こんなだったけ? と少し拍子抜けした。

どうやら私の方が一方的に拒否していたようだ、そう気づくのに丸2日かかった。

3日目にやっと京都の暮らしぶりを話せた。でも真さんのことは言えなかった、毎週デートをしているけど、それは完全に伏せて観光という言葉に隠して色んな場所に行った話をした。

うちの親は2回だけ京都へ行ったことがあるそうだ、しかも二泊三日だ、有名な場所しか行っていないらしい。
今度遊びに行きたいわ、そう言われて、以前なら絶対嫌な顔をしていただろう。でもわだかまりがなくなっているようだ、おいでよといい、案内するね、とまでいっていた。

お昼ご飯を終えようとしていた、時計を見てそろそろ支度をしようと思う。

真さんとの待ち合わせは14時だ。八王子駅から新幹線が停まる新横浜駅までは4、50分かかるから13時に出れば間に合うのは調べ済みだけど、早く出るのは構わないし……なんて思っていると、テーブルに乗せたスマホが震えた。

取り上げて画面を見る、真さんからのメッセージが出ている、『今、どこ?』と。

起動させて返信する。

『家だよ、ご飯食べ終わった。そろそろ支度するー』
『よかった』

よかった? なにが? と思うのに、その続きは送信されてこなかった。そしてまもなく鳴るインターフォン、出た母が「はあ?」と怪訝そうな声を上げる。

はっとした、インターフォンまで駆け寄り母越しにモニターを見て本当に息を呑む。
真さんが笑顔で立っている、私は呼吸を忘れたまま玄関へ走った。

ドアを開けると、スーツ姿の真さんは少し驚いた顔をしてから微笑んでくれた、いきなり開くとは思っていなかったのだろう。
通りに白い車が停まっていた、運転席のメガネをかけた男性がこちらを見て微笑んでいる。誰だろうと考える間もなく車は走り出す、軽いクラクションの音は別れの挨拶らしい。丸いテールランプが特徴的だけど車種までは知らない、古い車だとは判った。真さんをここまで送ってくれたのだとあとから聞いた。

「まあ!」

驚きと喜びが混じった母の声に現実に返る。

「突然申し訳ありません、香織さんとお付き合いさせていただいている岩崎真(いわさき・まこと)と申します」

真さんは最上の笑みで挨拶した、そう、女性を骨抜きにする笑みだ。母ですら、その魔法にかかった。

「まあまあ、ご丁寧に! どうぞ、お上がりになって! 散らかってますけど!」

言って私を押し退けて中へと誘う。

「まったく、あなたもこんな素敵な人がいるなら、早く言いなさいよっ!」

軽く頭を叩かれまでした。
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