私をみつけて離さないで
5.思いを共有


6月に入って間もなくだった。

「父の誕生日が近いんだ、ちょっと付き合ってくれないかな」

真さんに言われた、誕生日祝いでも買うのかな? 私はふたつ返事でいいよと応えていた。

そしてその週の日曜日、真さんは珍しく車で迎えに来た。車は黒塗りのベンツだ、どう見ても若者が乗る車じゃないのは家か社用車だろうか。あ、前に平田先輩が運転手付きの車が、って言ってたもんな、それかも。

「ちょっと遠出するからね」

笑顔で助手席のドアを開けてくれる、どこへ行くのだろう。

京都の市街を抜け、どんどん山へ入っていく。山間の町に出てもさらに走り続けて着いた先は、山の中腹にあるお寺だった。

「岩崎家の菩提寺なんだ」

駐車場に停めながら教えてくれた、そこから更にはるか遠いと思える石段が続いている。境内にある社務所には寄らず、そのまま墓地へ進んだ。入ってすぐにある、石の柵に囲まれた大きな墓石がひときわ目を引く、当然のように『岩崎家』の名前が。

「両親がいる」

真さんは呟くように言った、え、両親──!?

「え……真さん、ご両親を……!」
「立て続けにね。思うところがあって外国に移り住んで間もなくだった、現地の風土病みたいなものにかかって、現地の人なら軽い風邪で済むようなものらしいんだけど、両親には抗体がまったくなかったらしくて、あっという間だったみたいだ」

真さんは寂しげに言って、花も線香も手向けていないけれど手を合わせた、私もそれに倣って手を合わせる。

うちの親だってまだ50代だ、それも姉兄がいてのこと。長男だという真さんのご両親ならもっと若いかも──などと思って見た墓誌にある文字を見て「え」と声が漏れてしまった。

「──そんな……真さんのご両親、39歳で亡くなったんですか……!?」

墓誌に並んだ戒名や生まれ年の列の一番左端にある、真新しく彫られたと判る文字に息を呑んだ。行年、とは亡くなった年齢のはずだ、並んだふたつの戒名は男女と判る、これが真さんのご両親……!?

「そう、早すぎるよね」

真さんはため息交じりに言った、深すぎる悲しみが込められている。

「まだまだ時間はあると思ってた、遠くない未来に親孝行をしてあげられると信じてたのに──後悔しかない、こんなことになるなら、行かないでと言えばよかったと、無理にでも引き止めればよかったと、何度も、何度も……」

おふたりともだ、39歳だなんて、本当に後悔しかないだろう。私の想像が及ばないほど辛くて淋しくて悲しいんじゃ……。まだ幼いころに両親を亡くしたんでは──と、なにげなく墓誌にある没年月日を確認して目を疑った。

「──去年……!?」

半年ほどしか変わらぬ日付が彫られているのを見てしまった、きっと悲しみはまだ癒えていない……!

「ついていけばよかった、一緒に行ったのは妹だけだったんだ。僕たち男兄弟はそれぞれに言い訳してついていかなかった、それも後悔してる。せめて父の最期くらい看取らなくちゃいけなかったのに妹に任せきりだった。先に母が亡くなった、その時に父に帰ってくるよう言えばよかった、そうしたらもしかしたら父は死なずに済んだかもしれない──後悔、ばかりだ」

震える真さんの声を止めたくて、私はその体を抱き締めた。その私を真さんも抱き寄せてくれる。

「きっと宇宙のどこかで生まれ変わってる、そう判ってても、声も聞けないのは、辛い」

輪廻ですね、しているといいですね。

「真さんのご両親なら、きっと美形でしょうね」

思い出話にとちょっとふざけ気味に言うと、真さんは僅かに微笑んだ。

「どうかな、家族から見るとよく判らないけど、僕は父によく似ているらしいよ」

わあ、こんな美形がもうひとりいるのか! 美人薄命っていうもんな……あ、いやいや、それじゃあ真さんも短命みたいじゃない、縁起でもない!

「そんな両親も、僅かな遺髪と遺灰となってここに収められてる、それでも香織さんを紹介したかった」

殆どは現地で散骨したと教えてくれた、万が一にも風土病を持ち込まないためだったと。
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