エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
新米のバイトが社長と同伴できるなんて畏れ多いよ!
タクシー内で挙動不審になっていると、京子さんにクスクス笑われた。
すぐに銀座に着き、本通りを歩いていく。その一本路地に入ったところで京子さんは足を止めた。
「わぁ、すごく素敵!」
道に面するところに大きなショーウィンドウがあって、そこがくり抜かれたみたいに中が見える。植物が多く置かれた店内で、家具や照明などが個性を放ちつつも全体的に統一感があり、あたたかみがある。
「そうね。じゃあ行きましょうか」
「中には入らないんですか?」
「お客様も入ってるみたいだし、スタッフも私が現れたら気遣って接客もそぞろになるでしょ」
京子さんはそう言いながら外観の写真をスマホで撮ってポケットにしまった。
「ちょっと休憩して帰りましょうか」
「はい」
腕時間を見ればランチ時を過ぎている。本当にあっという間だ。働き出してからは特に時間の経過が早く感じる。私たちは近くの百貨店に入り、上階のカフェへと足を運んだ。
窓際のテーブルで、銀座の街がよく見回せる。私と京子さんはサンドウィッチとコーヒーのセットを頼んだ。
京子さんは鞄の中からブランドのロゴが入った包みをひとつ取り出し、テーブルに置いた。
「はい、柚ちゃんに」
「え!?」
「ふふ、働いてくれているお礼。もうすぐ一カ月になるでしょ?」
そう言って私のほうへスススと包みを押してくる。
「いつも家事してくれてるし。料理も私の分も用意してくれてありがとう」
「そんな……大したもの作ってないです。料理と呼べるかどうかも怪しい腕前ですし」
「凝っていても独りよがりの味もあれば、時短料理でもすごく癒されるものもある。逆も然りね。だから私は、気持ちが込められていたら料理だと思うことにしているの。あなたの料理好きよ。って、私なんてもっとできないからね。偉そうな口利ける立場じゃないわ」
京子さんは肩を竦めてから、包装された箱をこちらにさらに押し出す。
「これは、感謝の気持ちだから。ハンカチなの。よかったら使って」
「あ、ありがとうございます」
私は照れながら小さく会釈して受け取る。
嬉しい。
不器用なりに努力していたことが認められた。ついこの前まで、働くどころか人とのコミュニケーションも儘ならないところがあったのに。
「この仕事どう?」
「楽しいです」
「よかった。無理矢理働かせたようなものだったから」
「そんな……私もこうやって働かせてもらえて助かってます。なかなか一から面接して就職となるともう少し先になっていたでしょうから」
「なら、このままずっと働かない?」
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