京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

「怖くないか?」
「は、はい。怖くないです」
 朔埜の手は史織の頭を掴めそうなくらい大きい。
 それに驚いていると、そっと耳に口元が寄せられ、びくりと右に意識が集中する。

「吊り橋効果や、知ってるか?」
「え、吊り橋?」
「そうや、ずっと俺の事考えてたらええ。そしたら怖い思いも忘れるやろ」

 親切心から言っているのだろうか……

「は、はい……ありがとうございます」

 満足そうに笑う朔埜に史織は胸がはち切れそうな程高鳴っているというのに。
 こんな態度を常に取っているから、他に恋人がいるだなんて疑われるのだ。史織だって勘違いしてしまう。真っ直ぐに史織を見る朔埜の眼差しに、熱がちらつく錯覚まで見えるじゃないか。

「史織」
「はははい?」

 そのまま名前を呼ばれ、動揺して(ども)る。
「俺はもう、待つの止めた」

「……はい」
 分かりましたと返事をしたいけれど、意味が分からないので首を傾げる。
 そのまま立ち去る朔埜の後ろ姿を見送り、タンと閉まる襖を見てはたと気付く。

「トイレ?」

 な訳ない。
 自分で自分にびしっと突っ込みを入れるのは、そうしないと勘違いしてしまいそうだったから。
「……もう、」
 
 あんなのは狡い。
 顔を上げれば庭に面した窓に自分の顔が映り込んでいるのが見える。鏡のように明確でないにも関わらず、その顔が赤く染っているのが分かってしまった。

『史織──』

 思わず顔を覆い目を背けても、芽吹いてしまった自分の気持ちに、気付かない振りは出来なかった。
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