京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

 ぎゅっと奥歯を噛み締める朔埜に、祖父は困り顔で頭を掻いてから、大きな手でばしばしと朔埜の肩を叩いた。
「悪かった、お前の事はちゃんとかわいいと思っとるよ」
「きっしょ! そんな事を言うてるんやない!」
「じいの愛情を疑ったんやないんか? もう十九歳なのになあ。まだまだかわいい、じいの孫やな」
「もう、止め! それ……っ」
 赤くなる顔を背けて肩の手を振り払うが、祖父は構わず真面目な顔を作り朔埜を覗きこんだ。

「──だが結婚相手には口を出させて貰う。お前の父親みたいな事は二度はさせん」
 今迄の雰囲気をがらりと変えた、いつもと同じ眼差し。四ノ宮の当主の目。
「……」

 その目に自分はどう写っているのか。
 ……迷惑やったか、とは聞けない。
 この家に居心地の悪い思いをする度、そんな心を見透かすように、祖父は朔埜を構い倒してきた。大切にされている事に間違いはない。

「俺は別に……必要ならじいさんの望む相手と結婚するわ」
 そう言うと祖父は悲しそうな目をした。
「朔埜……お前は四ノ宮を継ぐんだ」
 先程の言葉を繰り返した。
「旅館か? 別に構わないけど……」
「そうや、でもそれだけやない。それはこれから学べ」
 
 どこか重く響く声音に、朔埜は顔を上げた。
「……俺に、何をさせる気や?」
「お前にしかできない事や。それでもしお前が儂を納得させたんなら、いくらでも好きにして良い」
「俺は別に……欲しいもんなんて、何も無い」
 
 そうして朔埜は再び顔を伏せた。
 そうだ、自分は祖父の望み通りにすればいい。旅館を大事にしたいならその通りにしてやろう。

「朔埜──……」

 言いかけた祖父の言葉は、聞かなかった事にした。
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