スノー&ドロップス
 暗闇の中で握る小さな手。時折、強く絡みつく指先が心を現実に引き戻してくれる。

 ああ、僕は映画館(ここ)にいたのだと。

 上映会場から出た茉礼は、浮き立つ心を隠せない様子だった。家に引きこもりの少女が、大迫力のスクリーンでロマンチックなお伽話(とぎばなし)の世界を見たのだから。

「面白かった?」

「すごく素敵だった。最後に気持ちが通い合えて良かったなぁって。すべてに感動しちゃった」

 胸の前に手を当てて、高まっている感情を抑えるように。彼女の心を満たしているのは、羨望(せんぼう)、憧れ、期待。

 焦がれるような胸の痛み、華やぐ希望、張り裂ける絶望、取り残された失望、全て知らなくていい。

 この花のような笑顔を、僕以外の奴に見せたくない。

 僕らの世界に、他の男が踏み込むことは許さない。

 それは、友人が他の誰かと親しくしている時に感じる嫉妬と、少し似ているかもしれない。

 自分だけが別格だと思っていたのに、他の奴と同じ立ち位置なのかって。


 でも、茉礼はそれ以上だ。
 僕にとって彼女は、死よりも特別な存在だから。
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