腹黒女子の秘密ノート
狭く、四角い教室の戸を開けると、らんらんとした視線が、水田青|《みずたあお》に集中した。

「水田さん、今日も、かわいいね」
「本当にアイドルみたい」
「水田さん、アイドルになれば?」

(どうして、かわいかったら、アイドルになるのが普通って、みんな思っているんだろう)

青は、そう思いながら、笑顔を無理矢理作って言った。
「そんなふうに言ってくれて、ありがとう」
こう、言っておかないと、責められる。
青は、そんな現実を、よく知っている。


なぜなら、去年のクラスで、
「かわいいって言われても全然うれしくない。見た目じゃなくて中身を見てほしい」と本音を言ったら、
「かわいいって言われるのは、すごいことなのに、受け取らないなんて、性格悪い」と人格否定されて、ひどく傷付いたからだ。
みんな、人の外見しか見ない。
特に青みたいな美少女は、見た目からのイメージしか見てもらえない。

青が悩んで、スクールカウンセラーに、相談しても、
「えーっ。でも、そんなに気にするってことは、人が好きだからだよねー。かわいいー。少女漫画の恋する女の子みたーい」と笑いながら的外れなことを言われて、終わりだったことも、ある。
「かわいいねぇ」と、ねっとりとした声で言われて、知らない男の人からセクハラされたことも、数えきれないほど、ある。

だけど、青には、秘密のノートが、ある。
放課後、だれも居なくなった教室で、青は、秘密のノートを広げて書きなぐった。

かわいいって言ってくるやつら、キモすぎ!
だれかに中身を愛してもらいたい。
みんな、わたしの見た目しかみてない。
辛い。

すると、上の方から声が降ってきた。
「水田さん、本当は、そう思ってたんだ・・・・・・」
顔を上げると、そこには、同じクラスの山下幸助《やましたこうすけ》が立っていた。
「あ・・・・・・」
青は、とまどった。
(こんな腹黒い本音を見られてしまって、嫌われたら、どうしよう)

だけど、不安な青に、幸助は、やさしく、ほほえんで言った。
「だいじょうぶだよ。ぼくは、水田さんの本性を知っても、嫌ったりしないから」
そう言って、幸助は、続けた。
「それにね、みんな、外見しか見てないって水田さんは思っていても、本当に、みんなが、水田さんの見た目だけを見て、かわいいって言うわけじゃないよ。ぼくは、水田さんに、かわいいとか言ってないでしょう?」

青は、うなづいた。
確かに、幸助は、青に一度も、「かわいい」と言ったことがない。

(もしかしたら、わたしのことを、かわいくないって思っているのかもしれないけど)
青は、そんなふうに考えてしまったが、幸助は言った。
「あ、かわいくないとも思ってないから安心して。それに、今、ぼくは水田さんの中身を知りたいと思ったよ」

青は驚いた。
そんなふうに言ってもらえたのは、初めてだからだ。
幸助が、まっすぐに青を見つめて言う。
「水田さんって好きなものは、あるの?もっとさ、好きなものについて、考えよう?」
青は、つぶやくように小さな声で言った。
「・・・・・・本。わたしは本が好き」
すると、幸助は、目を輝かせて言った。
「本!ぼくも読書好きなんだ。よかったら友達になろう!」

それから、青と幸助は、お互いを名前で呼ぶことにして、連絡先を交換した。

そして、日曜日の午後1時に、一緒に図書館に行くことになった。

日曜日は、やさしい雨が、降っていた。
青は、ブルーのグラデーションの傘をさして、図書館へと向かった。
青が図書館に着いた時には、幸助は、まだ、来ていなかった。
時計を確認すると、待ち合わせの時間の10分前だった。
どうやら少し早く着きすぎたようだ。
青は、秘密のノートを広げて、小説を書くことにした。
実は、小説を書くのは、これで2回目だ。
青は、悩みながら、書いていった。

すると、上の方から声がした。
「青さん、それ、小説?すごいね!どこかに投稿するの?」
青は、首を横に振った。
実は、青は、過去に、小説投稿アプリで、小説を書いたら、
「あなたの文章なんて見たくないのに見てしまった。迷惑だから、もう書かないでほしい」とコメントされて、ひどく傷付いたことがあったのだ。

その時以来、青は、怖くて自分の書いたものを人に見せていない。
そのことを説明したあと、青は思わず言った。
「わたしの中身を愛してくれる人なんて居ないから、わたしは、全部を、あきらめるしかないんだよ。クラスのみんなは、わたしに、かわいいとか、アイドルになれば?とかしか言わなかったし、わたしの中身は、だれも見たくないって知っているから、小説家なんて、わたしは目指しちゃいけない。」
すると、幸助が、顔を真っ赤にして言った。
「・・・・・・そんなこと、言わないでよ。
かわいいから、だれも、自分の中身を見てくれないからって、全部を、あきらめるの、くやしくないの!?
あきらめないでよ!
ぼくは、青さんの本当の気持ちを知れて、本の話を一緒にできて、うれしかったのに・・・・・・」

青は、言い返した。
「あきらめるなって、簡単に言わないでよ!わたしが、今まで、どれだけ傷付いてきたか、幸助くんは、知らないでしょう!?」

気まずい沈黙が流れた。

「もう帰る」と先に去ったのは青の方だった。

翌日、昼休みに多目的室で、青は、幸助と見知らぬ女子が話しているところを偶然見た。
見知らぬ女子の外見は、こう言っては失礼だけど、かわいくはなかった。
幸助が、女子を見つめて言う。
「ぼくは、きみの見た目を好きになったわけじゃないよ。きみの内面を、愛している」
女子は、うれしそうな顔をして言った。
「わたしも、あなたが好き」

結局、愛されて、中身を見てもらえるのは、かわいくない子だけなんだ。
青は、そう絶望した。
胸が、ずきり、と痛むのを青は感じた。

その時、青は、自分が、幸助のことが好きなことに気づいた。
気づいたけれど、どうしようもできなかった。
だって、幸助には、好きな人が他に居るのだから。

だから、この想いも、秘密ノートみたいに内緒にしておこう、と青は決めた。

だけど、その日の放課後、青は、決断を変えることになる。

なんと、放課後には、青の机の中に、幸助からの手紙が入っていたのだ。
手紙には、こう書かれていた。

青さんへ
この前は、青さんの気持ちを考えず、簡単に、あきらめないでよ!って言って、ごめんなさい。青さんにも、人間だから、色々あるよね。かわいい女の子だって傷付くことは、あるよね。
それでも、ぼくは、青さんに全部を、あきらめてほしくなかったんだ。
でも、迷惑だったよね。
もう、ぼくとは友達を、やめてもいいよ。
ごめんね。
だけど、1つだけ、言わせて。
女の子は、見た目で判断されることが多いけれど、ちゃんと見てくれている人も、居ます。
だから、自分から、独りぼっちに、ならないで。
幸助より

手紙を読んで、青は、声を殺して泣いた。
(幸助くんは、こんなに、まっすぐ、あきらめずに、想いを伝えてくれているのに、わたしは、どうして、全部を、あきらめていたんだろう)

そして、青は、決めた。
(たとえ、だめだったとしても、幸助くんに想いを伝えよう)

そして、次の日の放課後、青は、幸助に告白した。
ちゃんと好きな人に、好きだと言えた。
でも、青は、困らせたかもしれない、と思って言った。
「ごめんね。好きじゃない人から好かれても気持ち悪いよね。ただ、自分が想いを伝えたかっただけだから。
じゃ・・・・・・」
そう言って、青が、帰ろうとした時だった。
幸助が、青の手を握って言った。
「待って。ぼくも、青さんが好きなんだ」
青は、驚いて、訊ねた。
「え?でも、この前、放課後に、だれかに告白していたでしょ?その人が好きなんじゃないの?」
幸助は、笑って首を横に振った。
「あれは、演劇部の練習だよ。
ぼくね、将来、役者になりたいんだ」
そして、幸助は続けた。
「叶わないかもしれないけど、やる前から、あきらめたくないんだ」
青には、恥ずかしげもなく、そう言える幸助が、まぶしく見えた。

そして、青は、思った。
(わたしも、小説を書いたら、だれかに見てもらおうかな。確かに、否定してくる人も居るかもしれない。それでも、ちゃんと見てくれる人を探し続けよう。
かわいいからって、見た目しか見てもらえないからって、中身を見てもらおうとすることを、あきらめるのは、もう、やめよう。
だって、わたしは、もう、独りぼっちじゃないのだから。)


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