世界が私を消していく


昼休み、俺は宮里を誘って四階から屋上へと続く階段に座り、ふたりで他愛のない会話を交わしながら昼飯を食べる。

どう話を切り出すか迷っていると、そんな俺の様子に気づいたのか宮里が「なにかあった?」と問いかけてきた。


「あのさ」

言葉を探しながら、コンビニの袋をくしゃりと握りしめる。

もしも触れてほしくないことなら、宮里の笑顔をなくしてしまいそうで躊躇う。でもこの透明現象と無関係なようにも思えなかった。


「宮里は、今まで誰と仲がよかった?」
「え?」
「みんなに忘れられる前、仲がいいやつっていたよな?」

宮里がいつもひとりだった印象がない。誰と一緒にいたのかは思い出せないけど、朝登校して宮里と話していると、よく数人の女子たちが話しかけてきた記憶がある。


「それは、えっと」

宮里からは笑顔が消えて、視線を下げてしまった。

「…………」

言いたくないのだと察して、俺は言葉を続けるべきか迷う。

「……未羽とは中学からずっと仲良かったよ」
「未羽?」

誰のことかわからず首を捻る。他のクラスの女子だろうか。

「石井未羽。隣のクラスの子だよ」
「ああ……石井さんか」

あんまり話したことはない女子だけど、拓馬と同じクラスなので知っている。活発な感じの女子で、確か女子バレー部だって拓馬が言っていた。


「透明現象が起こる前までは、石井さんとは普通に話してたってことだよな。人間関係が原因なのかもって思ったんだけど、やっぱさっぱりわかんないな」

俺の言葉に宮里は口を閉ざしてしまった。


「もしかして石井さんとなにかあった?」
「なにかっていうか……うん、ちょっと気まずくはなったんだ」

宮里の表情に影が落ちる。触れられたくないと、伝わってくるけれど、この現象が起こる直前の宮里になにがあったのかを知らないと解決できない気がした。


「理由って俺が聞いても大丈夫?」
「未羽が私のことを心配して言ってくれたことが、私にとっては納得ができないことで気まずくなったんだ」

石井さんが宮里のことを心配していたということは、意見の違いであって、お互いに不満があって険悪な関係になっていたわけではなさそうだ。

「それで――」

宮里はなにかを言いかけて、すぐに口を結んでしまった。


「話したくなかったらいいよ。無理に聞いてごめん」
「時枝くんが知ったら、私のこと軽蔑する。……だから、話すのが怖い」

両手を握りしめて、微かに震えているように見える。宮里が俺になにかを隠しているのは、なんとなく察していた。

だけど、俺が全てを知ったら軽蔑するかもしれないという理由なら、このままそっとしておくよりも俺の考えを伝えたほうがいい。


「宮里は軽蔑されるようなことしたの?」
「っ、してない。だけど……それを証明もできないの」
「俺は宮里の言葉を信じるよ」

視線を上げた宮里の瞳が揺れ動く。
涙が溜まっていて、今にもこぼれ落ちそうだった。そしてすぐに顔を歪めて、自嘲するような笑みを浮かべる。


「私の裏アカウントの存在がクラスの人たちに広まったんだ」

聞き慣れない言葉に俺は首を傾げる。

「……裏アカウント?」
「仲の良い人やクラスの人たちの悪口が書いてあるアカウントで、真衣に知られたの」

膝の上に置かれた宮里の拳は、小刻みに震えていた。

「クラスの人たちから敵意を向けられるようになって、それに仲がよかった未羽にも避けられて……っ、完全に居場所も失った」

俯いた宮里は透明現象が起こる前のことを、時折言葉を詰まらせながら話した。スカートにはいくつもの涙が落ちていく。

「私……みんなから嫌われたんだ」
「でもそれ、誤解なんだろ」

宮里は軽蔑されるようなことはしていないけど、それを証明できないと言っていた。
つまりそれは宮里がやったわけではないのに、周りの人たちは犯人が宮里だと思い込んでいるということだ。


「誰かが私を嫌って、私のフリをして投稿してたから、違うって説明しても証拠がないから嘘だとしか思われなかった。時枝くんだって、そう思ってたはずだよ」

正直話を聞いても、なにも思い出せない。

そのアカウントの話も、宮里がクラスのやつらから敵意を向けられていたことも。だけど宮里がそんなことを裏でしていると、俺が本気で信じていたのかも疑問だった。


「俺は宮里にひどい態度とってた?」
「……気まずそうにはしてた。声をかけてくれたとき、あのアカウントは私なのかってって改めて確認するように聞いてきたから……信じてるのかなって思ってた」
「俺の言葉で傷つけたならごめん。だけど俺は周りの言葉よりも、宮里本人の言葉を信じる」

そのときの俺がどう思っていたのか、今の俺にはわからない。けれど声を震わせて涙を溜めながら話している宮里が、嘘をついているようには思えない。


「あのさ、クラスで小坂たちと仲よかった?」

宮里は動揺するように目を見開き、視線を彷徨わせる。そして視線が交わると、短く息を吐いて小さく頷いた。

やはりスマホのケースがお揃いだったのは、元々仲がよかったからだった。

その裏アカウントの存在も、彼女たちと関係があるのではないだろうか。
俺の記憶の中では、最初に山崎が外された。その後に空白の時間があって、おそらくそこで宮里の問題があったのだろう。そして今は落合が外されている。


「宮里、本当は誰が犯人に思い当たる人がいるんじゃないの」



< 49 / 70 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop