大安吉日。私、あなたのもとへ参りますっ!
 実のところ飄々として捉え所のない一斗(いっと)が、今まで生きてきた中で〝本気で〟お付き合いしても良いと思えた女の子は、日織(ひおり)ぐらいしかいなかったのだ。

(誰にも話したことないけどね)

 十升(みつたか)が日織をバイトに誘ったと聞いて、「でかした、弟よ!」と思ったのも束の間、彼女が結婚していると聞かされた時のショックと言ったら。

(実際に日織ちゃんの口から告白されるまで信じたくなかったぐらいだよ)

 なんて思っているなんておくびにも出さなかった一斗だ。


「そうですねっ。修太郎さんに出会う前だったらあるいは」

 クスクス笑いながらそう言って、日織が「あっ、でも……」と続けた。

「ん?」

「一斗さん、眼鏡を掛けられたのはいつですか?」

 聞けば「ここ一年ぐらいかな」と返る。

「じゃあ、私、やっぱり修太郎さんに出会うまで恋はしないままだったと思いますっ!」


 ふふふっと笑って「いただきま〜す」と吟醸酒の波澄(はすみ)に嬉しそうに喉を鳴らす日織(ひおり)を見て、一斗はキョトンとさせられる。

「どういう……意味?」

「えっと……。実は一斗さんにお会いして気がついたんですけど……。私、どうやら〝僕〟って口調と、眼鏡をかけた男性が好きみたいなのですっ」

 言われて、日織ちゃん、僕萌え眼鏡フェチだったのか!と思ってしまった一斗だ。

 こんなことなら「眼鏡猿と言われるのは嫌だ!」とかくだらないことを考えて見えないのを我慢したりせず、早くから眼鏡デビューを果たしておけば良かったと思ってしまった。
 けれど、やっぱり何もかも後の祭りだというのも分かっていたから、一斗は始まる前に終わりを告げた自分の恋心を嘆いて、ひとり小さく吐息を落とした。
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