ズルい男に愛されたら、契約結婚が始まりました
ある日、突然に
「かーたん!」
愛らしい声で、甥っ子が呼ぶ。
私、藤本瑠佳の甥っ子、祥太は2歳半になる元気な男の子だ。
祥太は姉の佳奈のひとり息子で、シングルマザーの佳奈が病気入院中だから私が面倒を見ている。
祥太は、瑠佳の名前を上手く言えない。
『るか』の『る』の発音が難しいのか、省いたまま『かーたん』と呼ぶのだ。
まるで『おかあさん』みたいだが、カワイイ声で呼んでもらえるのが嬉しくてそのままにしている。
祥太はいわゆる『魔の二歳児』だ。
イヤイヤは多いし気になるものがあると足を止めてしまうから、近所のスーパーに行って帰るまでになんと二時間近くかかってしまった。
少しぐらいお洒落をしたいところだが、祥太の世話をしているうちに子ども相手には楽な服装が一番だと悟った。
動きやすいスウェット生地って、なんて素晴らしいんだろう。
チョロチョロ走る祥太を捕まえるために、買い物に行く時は両手が使えるようリュックを背負っている。
もう十一月だというのに、買った荷物を背負って祥太と歩いていたら汗ばむくらいだ。
「祥太、待ってよ」
藤本家のあるマンションはエレベーター完備だが、祥太は階段がお気に入り。
短い足で懸命に登っているが、彼が落ちないようにこっちは気を遣う。
自宅のある三階まで祥太と一緒に上がるのもひと仕事だ。
何度かエレベーターに乗せようとしたのだが、大泣きするから諦めた。
エレベーターの中の薄暗さがどうやら苦手らしいのだが、このマンションが古いのだから仕方ない。
リュックに入っている牛乳やらジャガイモやら長ネギを背負って階段を上がる。
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