好みの彼に弱みを握られていますっ!
 ふんわりラップが掛けられたそのそばに、『お鍋の中にお味噌汁があります。味噌煮はレンジでチンして温めてくださいね。ハナ』というメモまで置かれていて、春凪(はな)の気遣いに愛しさが込み上げる。

 僕のことは気にしなくていいよと言っても、こんな風に何品も僕のために春凪が手料理を作ってくれたんだと思うと、胸の奥がじんわり温かくなった。

 それと同時、落ちていたエプロンや、玄関先に無造作に転がっていた宅配物への胸騒ぎが強くなって。

 だってこんなの、どう考えても〝春凪らしくない〟じゃないか。



「春凪?」

 再度呼びかけながらテレビのあるリビングに行って――、僕は思わず息を呑んだ。

(な、んでコレがここに……?)

 開けっぱなしになった、キャビネットの引き出し。

 僕はテレビの上の、とメッセージを入れたはずなのに、背の低い春凪は無意識に下を開けてしまったのか。


 もしもに備えてすぐには見つからないよう、上にクリップや画鋲(がびょう)などを入れておいたはずなのに、それらを取り払って、春凪(はな)はこの書類を見つけてしまったということだろうか。

 キャビネット前に無造作に落とされた【婚姻届】を見て、僕はその場に立ち尽くした。

 提出したと嘘をついたこの書類がここにあるのを見つけて、春凪はどんな気持ちになったんだろう。

 ひょっとして……僕に裏切られたと思った?

 だからこそ、春凪はこんな風におかしな状態で、部屋を出て行ってしまったんじゃないだろうか。


春凪(はな)……誤解です」

 小さくつぶやいて、僕は飛び出すように部屋を後にした。

 Misoka(ミソカ)に行けば、春凪を捕まえられるだろうか――。
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