好みの彼に弱みを握られていますっ!
***

 両膝(りょうひざ)擦過瘡(さっかそう)だけでなく、パッと見だけで首筋と手首に痛々しい鬱血痕(うっけつこん)を付けられた春凪(はな)を見て、どれだけ怖い目に遭わされたんだろうと胸が痛む。

 ラベンダー色の綺麗なワンピースの前開きボタンを、手が震えるんだろうか。
 上手くとめることが出来ないみたいにもたつく春凪を見かねて、僕が代わりにやってあげようと手を伸ばしたら、酷く怖がられてしまった。

 手負(てお)いの小動物が懸命に自衛するみたいに、小さく丸められた春凪の背中を見て、胸がズキズキと痛みを(ともな)って締め付けられる。

 春凪が、胸元が肌蹴(はだけ)ないよう必死で押さえ続けているから確認は出来ないけれど、もしかしたら胸の辺りにも何か良くない痕を付けられているんじゃないかと思って。

 僕が触れようとするたび、まるで自分は僕にそうされる資格がないかのような反応をする春凪が、『元カレ(あの人)に触られたところが全部気持ち悪い。お風呂入りたい』と強請(ねだ)ってきた時、僕はあの男を心底抹殺してやりたいと思ったんだ。

 一度は取り逃したけれど大丈夫。

 再度取り押さえる事なんて、僕が――というより織田(おりた)が――本気になれば造作もないはずだ。


 春凪(はな)の、『自分は(よご)れてしまった』という感覚は、きっと表面的な〝(けが)れ〟よりも内面的な〝(けが)れ〟に近い。

 恐らく脱衣所や風呂場の鏡を見れば、嫌でも自分に残された(あざ)と向き合うことになるから。
 春凪を一人で入浴させたら、落ちるはずのない嫌悪感を清めようと肌を傷付けるぐらいゴシゴシと(こす)るに違いないんだ。

 そう思った僕は、一人で風呂に向かおうとする春凪を半ば強引に引き留めて、一緒に入ることにしたんだけど――。


 春凪の服を脱がせてみたら、僕が大好きな春凪の綺麗な胸に、明らかに乱暴に扱ったと(おぼ)しき指の痕がクッキリと残っていた。

 春凪は、元々バストに対するコンプレックスが強い子だ。

 そんな彼女の繊細な心をズタズタに傷付けて捨てたあの男が、何を言ってココにこんな痕を残したのかと思うと、考えただけで虫唾が走った。
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