契約結婚のススメ
 一瞬なにを言われているのかわからなかった。一緒に行くなんて夢にも思わなかったから。

 今は元気でもいつ急変するかもしれない父のもとをひと月。しかも遠いロサンゼルスに行ってしまっては、なにかあった時に駆けつけられない。

 だからもし本気の誘いでも断るしかなかったと思う。

 でも誘ってくれたのはうれしかった。

 ありがとうと、気持ちだけでもちゃんと伝えておけばよかったな。

 もし一緒に行ったら、ひと月もあるんだから、きっと――。

 よからぬ想像が脳裏をよぎり、慌ててブクブクとバスタブのお湯に潜り込む。

『おめかししてきたな』

 そうです。私はがんばっておめかししました。

 背の高い彼に少しでも近づけるように、慣れないピンヒールのパンプスを履いて。

 実は、今日は泊まろうなんて、誘われるかもしれないと思っていた。だってホテルで待ち合わせだから、もしかしたらって。

 エレベーターに入る時に腰に手を回された時、やっぱりそうなの? なんて思ったりして、私ったら先走り過ぎ。

 キスだってまだなのに。
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