アムネシア

接ぐ


 お母さんが言ってた通り曽我さんに頼るだけじゃ駄目だ。
もっとしっかりとした基盤を自分の中に作らないと。

「川村さんからやっと湿布臭が消えた」
「ご迷惑おかけしました」

 私もやっと店の花たちの良い香りを嗅げる。

 お世話をしながら幸せな気分に浸っていたら坂江さんが来た。
 まだ開店したばかりでお客さんは居ない。

「良い整体師さん知ってるんで今度教えますよ」
「坂江さんも何処か悪いの?」
「いえ。整体のバイト掛け持ちしてるんで。
といっても施術はしないです。受付のバイトです」
「へえ……」

 たまに夜中までネトゲというゲームをしていて寝不足な浪人生。
というイメージだったから仕事を掛け持ちをしてると聞いて驚く。
 なんてとても失礼だけど彼女も苦労している。

 何の苦労もしてない人なんてそう居ないんだろうけど。

 いつかは経済面でも自立したいけどそんなの期待されてない。
だから話題にすら出ない。女優の娘がギリギリの生活をしているなんて
 噂されるのも嫌なんだろうな。

 美人で知的で優雅なお嬢様でないと駄目なんだ。

 そろそろお昼休憩の時間に入ろうかと思ったら久しぶりに来画さんが
店に顔を見せる。一緒にランチでもと誘われたので同意して。

 坂江さんに声をかけようと思ったけど接客中だったので止めた。

 少し離れた所にあるカフェに入る。お昼時で人は多いけれど
 なんとか席を確保できた。

「家に帰って写真を幾つか持ってきたんです。
出会った頃の俺の写真とか見て何か思い出してくれるかなと」
「凄い。お坊ちゃまって感じですね。ご実家ですか?お城みたい」
「母方の祖父母の家。代々議員とかしてたそうなんでそれなりに」

 6,7歳くらいの少年がちょっとふてくされた顔で映っている写真。
 背景がまるでドラマのセットみたいに豪華。

「……、お母様?」
「そうです」

 もう一枚目が入学式の写真で母親と一緒に。

「……」

 この人見たことがある。

「実花里さん?」
「1つだけ分かったことがあります。貴方の事はこのまま
思い出さないほうが良いみたい」

 どうしてあの場に来画さんの母親が居たのかは分からない。
けど、あんな嫌なものを見る目で見られるなんていい関係じゃない。
 たとえそれが子どもの頃の話だったとしても。

「叔父さんの言ったことは俺たちには関係ない。調べてみたら
当時親父が君の母親との関係を疑われていたって話だった」
「お母さんならあり得る」

 母であろうと幾つになろうと気まぐれで異性との情熱を求めて。
気に入れば人のものでもお構いなし。
 だけど、役作りの肥やしになるだけで本気になることはない。

 少なくとも私が見てきた中では。
 
「その事と君は関係ない」
「面倒には関わらないほうが貴方のためです」

 私にはそんな度胸はないけれど娘だからと同じように見られる。
どうせお前も役をもらうのに体を使うんだろう?とか。
 男を誑かしてのし上がるとか。そんな事も過去に経験済みだ。

 手にしていた写真を相手に返す。

「今更それはないだろ」

 グッとその手を握られて驚いて視線を向けると笑ってもないし
 怒ってもない。まっすぐこちらを見て真顔だった。

「……痛いです」

 暴力的な感じではないけれど体は震えて声もか細い。

「すみません」

 パッと手が離れる。

「……」
「力加減が出来なくて申し訳ないです。でも信じて欲しい、
犯罪者相手でも取り押さえるだけで暴力的な事はしない。
妹と喧嘩してもあいつは蹴ってくるけど俺は反撃しない」
「妹さん居るんですね」
「実花里さんを傷つけたりしない」

 私なんて誰かに守ってもらえるような存在じゃない。

「お気持ちは嬉しいです。……、素直に喜べなくてごめんなさい」

 過去を知りたいような。そっとしておくべきなような。
 彼と仲良くしたいけどしないほうが彼のためのような。

「過去の話をすると君が辛い思いをしてばかりだな。
思い出せばもっと距離が縮まると思ったのに」
「仲良くしてもらって嬉しいですよ?」

 来画さんは写真を仕舞うと困った顔をして唸り始める。
 机には到着したランチセット。
 私は時間があるので少しずつ自分の分を頂く。

「そうじゃない。俺としてはもっと素の実花里さんが知りたい。
いや、実花里さんが知りたい……君は非常に可憐な女性で…」
「……」
「俺は何を言っているんだっ不埒なっ」

 モグモグしながら見ているとこの刑事さんは非常に可愛い。
 促したらようやく放置していた自分のランチを食べ始めた。


 休憩終わりギリギリでお店に戻る。

「坂江さんごめんなさいお昼ちょっと知り合いが」
「そんなことより!昼に曽我詩流が店に来たんですよ!」
「へ…え……」

 不味い。ちゃんとスマホ見てなかったかも。

「店長と何か喋って帰っていったみたいですけど」
「そうなんだ」
「彼女への花束買いに来たのかなぁ。芸能人を生で見るの初めて。
ドラマのまんまだった…カッコいい…やばい…写真撮れば良かった」

 撮影じゃないのなら何か用事があった?確認しに行く時間はない。
 仕事終わりまでドキドキしながら過ごした。

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