アムネシア
6章

夜の


 不安からは逃げるしか無いと思ってた。

 立ち向かって屈服させる人も居るらしいけど、
 私にそんな事出来るのかな。

 お母さんは私に力があると言ってたけど。

「実花里」
「パン…パスタ…ガッツリお肉…魚…」
「実花里。お腹空いてるにしてもその顔はアウトだよ」
「そ、そんなヤバい顔してました?」

 言われてハッと気づく。
 私はデートの途中でレストランに居てまだメニューすら決めていない。

 最近考え事をすると意識が飛んでしまって時間感覚が変になりそう。
 慌てて注文をして水を飲み深い溜息。

「昼間色々あったにしろまずは落ち着いて食事しない?」
「そうですね。あの、内容を話しても良い?」
「どうぞ」
「来画さんの妹さんが来て。私が来画さんに近づくのが良くないと」

 詳しい事情は聞けていないけど、そういう話しだったはず。
来画さんは気にしないでほしいとメールしてきたけれど。
 それは誰でも難しいことだと思う。

「私も賛成しない。彼とは色々…合わないから」
「……」
「実花里は彼に何か思うことがあるんだね。恋愛感情?」
「かも」
「だとしても。今離れておけば何れ忘れていくんじゃないかな」
「……そう、なのかな」

 今まで忘れていて今も大事な部分はぽっかり穴が開いてる。
気づいたら朝一緒に寝ていたけど。これも大事な箇所の覚えが無い。
 何時だって来画さんとの大事な場面の思い出が欠ける。

 それって故意なのかそれとも仕組まれてる?のか。
偶然にしては変な気がしてきている。どちらにしたって、
 このまま身を引くのがお互いに良いって分かってるけど。

「どうしても気になるならデートしてみる?」
「そうだ3人で会いません?」
「忙しいから無理」
「セーブするって言った」
「君が心配だったからね。でも、他人のことを考える余裕が出来た
ようだから戻すよ。そんなの身近て見てても面白くないし」

 ニッコリと微笑む曽我さんの顔を見て意識がハッキリとした感じ。
 今日は夜会ってからろくに彼を見ていなかった、かも。

「……今日の詩流凄いカッコいい」
「嬉しいよ。でももう30分くらい前に言ってほしかったかもね」
 
 ここで考え込んでもご飯が美味しくなくなるだけだ。体の力を抜いて、
苦笑い返して、コース料理をゆっくりと味わう。ファンにバレないかと
心配したけどお店へは裏口を利用したし入ってしまえば案外バレない。

 お食事を終えて裏口から出ると真っ直ぐには帰らず彼の車でドライブ。
映画とかお買い物とか、デートの定番ではあるけれど。曽我さんは何処へ
 行っても目立ってしまうから事前準備なしでは気軽に行けない。

 散々よそ見をしておいて今更デートっていうのも申し訳ないけど。


「夜の海って神秘的で落ち着けるって聞いてきたのに」
「神秘的ではあったね」
「……そうかも」

 最後に海を見て帰ろう、となって来てはみたものの。薄暗い駐車場で
はやたら激しく上下する車があったり。砂浜に出てみれば二人の世界に
 浸っているカップルさんが思った以上に居て。イチャイチャとしてて。

 こっちに気が向かないのはいいけどとても居づらい。

「海を見ると思い出す。まだ幼い頃に、
海を渡って遠くへ行こうって君を誘った」
「海外旅行?」

 せっかく来たのだからとカップルを避けながら海に近づく。
 海の思い出なんてないけど見るのは嫌いじゃない。

「戻っては来ない」
「覚えてないな。私はなんて答えたんですか」
「お母さんがいいって言ったらって」
「子どもですから」
「今聞いてもきっと同じだろうね」
「子どもですもの」

 お母さんの愛情を求めるばかりで周りが見えてない子ども。
 そういうのが余計に遠ざけるんだろうと分かってるのに。

「それでもいいよ。結局何処へ行こうと同じことだから」
「貴方も何か逃れたい物があるの?仕事?人間関係?」
「……自分自身」
「え」
「そろそろ戻ろうか。ここは居づらい」
「あ。わ。わ。詩流あれ」
「実花里。そんな見るものじゃないよ。ほら、戻ろう」
「わー……」

 カップルさんたちがやけに静かだと思ったらナニかが始まったので
足早に車に戻る。自分にはとてもじゃないけど無理。

「今日はデートって感じじゃないな。また仕切り直してもいい?」
「はい」
「顔色が良くないね。大丈夫?」
「映画でラブシーンがあるんですよね?結構派手に脱ぐ……
まさかあんなシーン無いですよね?」
「砂浜では無いけど。ベッドではそれなりに」
「……そう」
「嫌?」
「嫌。だけど、それも俳優の仕事だって分かってる」

 でもうっかり生々しいものを見てショックを受けている自分もいる。
たとえ演技でもあんな感じにするのかな?とか。変な想像をして。
 助手席に座って息を整える。まだ車は出発しない。

 私が具合悪そうにしているから。
 何の特権も無いのに。自分でも変だと思うけど。

「こんな場面だけど。今しかないから聞くよ。
キスとか、してみてもいい?無理には言わない」
「……いいよ」
「だよね。無理だね、帰ろう」
「……」
「……あ。いいのか」

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