月の砂漠でプロポーズ
パラリーガル始動
「んー……」
「どうした」

 私が渡会さんのオフィスの書棚の前で唸っていると、机で書き物をしていた渡会さんが声をかけてくれた。

「いやー、私が事務職をするとは思ってもみませんでした」

 午前中は渡会さん宅のハウスキーパー、午後は渡会諒弁護士事務所でパラリーガルをしているのだ。

 他の弁護士事務所に雇われているパラが正式にはどんな仕事をしているのかわからないけれど、私はアシスタントみたいなことをやっている。

 電話の応対、訪問客へのお茶出し。
 オフィスの公式メールツールの確認。
 指示された件についての資料作成など。

 ……たしかに、目的があって調べるのは苦にならない。

 渡会さんは日本にいるときは、外資系会社が日本進出の際の法務実務をしていたり、あるいは日本企業が海外進出するときの、ターゲット国の慣習法などを確認していたりする。

 海外とのやり取りも多く、渡会さんが喋る言葉は圧倒的に英語が多い。
 私も日本語に訳したり、はたまた英訳したりと、学生だった時以上に辞書と首っぴきである。

「たまには別の脳トレ方法も新鮮だろ」

 渡会さんが軽口を叩いてくる。

「あのですねえ、掃除はクリエイティブですよ? 最適解じゃないと綺麗にならないんですから!」

 目を三角にして怒れば、くつくつと笑われた。 

「だから『たまには』と言ったろ。俺の部屋がいかに綺麗になったかを知っている。頭のよくない奴に掃除は出来ない」

 ……ふんだ。わかってくれてればいいんですよーだ。
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