イブに浮気しやがって死ねば良いのにと叫んでいたら、意地悪ばかりしてくる天敵の上司に喰われただけの話


 三十間近のクリスマス・イブ、結婚も秒読みだと思っていた彼氏と一緒に過ごすはずだったのに――。

「あのクズ、浮気しやがって! 死ねば良いのに……!」

 仕事が終わって、交際中の彼に会えるとウキウキしていたのに、彼はなんと、ブランド物で身体を装った豪奢な女性とともに、ブランドのショップバッグを持って、鼻の下を伸ばしながら、歩いていたのだ。

「何が、『時間差トリックで、君と彼女と会う時間をずらせると思っていた』よ……! 国民的長寿マンガの見過ぎじゃない!?」

 頭の中に、某身体は子ども、頭脳は大人の少年の姿が浮かんだ。

「いやいや、マンガに出てくる皆みたいに、一途に生きなさいよ!! この馬鹿な男ども!!」

 ちなみに予定のなくなった私は、街路樹で酔っ払っていた。それはもう、べろんべろんに。このまま飲み過ぎて、死ぬんじゃ、いやいやその前に、急性アルコール中毒で病院に搬送されて、当直中のイケメン研修医とうっかり恋に落ちたりとかなんとか――するわけないぐらに、酒に強い体質だったのだ、私は――。

「クリスマス・イブに浮気しやがって、死ねば良いのに!!!!」

 千鳥足で歩いていたら、コンクリートの上で派手に転んだ。

(でも本当に元カレに死んでもらいたいんじゃない……)

 裏切られた悲しみで、涙がポロポロと零れた。

(むしろ、私が死んでしまいたい……)

 胸が苦しくて仕方がない。
 転んだ状態で、道端にバッグを叩きつけ、仕事帰りのスーツ姿のまま叫んでいた私は、突然腕を掴まれる。
 
「朝倉まどか、何をやっている――?」

 のろのろと声の主を振り向くと、黒いスーツに、トレンチコートを羽織った青年がそこには立っていた。

「宇和島耕造部長……」

 フルネームでうっかり呼んでしまったのは、天敵とも言える職場の上司だった。
 日本人のわりに、鼻筋の通ったいわゆる濃い顔立ちに、きりりと引き締まった眉、切れ長の瞳。まだ三十半ばそこそこなのに、もう部長職をたまわっているやり手――女性社員からの受けはすこぶる高いのだが、とにかく直属の部下である私には、当たりが非常に激しいし、小姑かという位絡んできて、私としては、すごぉく、すごぉく苦手なのだ。

「道端でわめく馬鹿な女がいると思ったら、お前とはな、朝倉まどか……」

「ば、ばかとはひつれいな……」

 もう酒で、自分でも何を言っているのかさっぱり分からなくなってしまっていた。
 頭がふわふわしてしょうがない……。
 というか、だんだんと力が抜けていく。

「ったく、しょうがねぇな……」

 頭がふわふわしたまま、私は道端で気を失ったのだった。

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