離婚するはずだったのに記憶喪失になって戻ってきた旦那が愛を囁き寵愛してきます
 その夜は結局、一睡も出来なかった。

 隣で眠っている蓮斗さんに、こっそりと、唇にチュッと、キスを落とす。

 最初で最後の、自分からのキス。

(…… 私の選択、間違って…… ないよね? )



 翌朝、私はグッっと歯を食い縛り揺れる気持ちに蓋をして、心を決めた。

「蓮斗さん…… 、これ…… 私の名前は書いてあるから」

 出勤前に封書を手渡すと、中を確認した彼は、ハッと息を呑み一瞬目を見開くと、書類を凝視して、目を泳がせた。

「離…… 婚届……?! ……本気、か? 」

 眼鏡の奥の瞳を、大きく開いて、息を呑むと、喉の奥から搾り出す様な低い声で、呟いた。

「…… っ…… 、わかった…… 」

 彼はハーーーーッと一回、深い深い、溜息を吐いた。

「俺の方は、帰って来てからでも、いいか?」

 コクリと首だけで私は頷く。

「…… 行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 頬を引き攣らせながら、私は微笑んだ。



 パタンッとドアが閉まった瞬間、緊張が解け、膝がガクガクと震え出した。

「…… 本当に、離婚届、渡しちゃった…… 。 …… 仕方ないよね…… もうやめたいって、私との結婚生活を、こんな事やめようって、言われちゃったんだもの…… 」

 昨夜の言葉を思い出して、また涙が溢れて来る。


 でも、まさか、これが蓮斗さんとの最後の会話になるとは、この時の私は思ってもいなかった……。

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