片想い婚




 有名なホテルの会場で開かれるパーティーに車で向かった。かなり大きな規模の立食パーティーらしく、会社内の人はもちろん、重要な取引先などの人たちも招いて行うようだった。
 
 二人で車を降りて会場へ向かう。すでに人がいくらか集まっている会場からは多くの声が聞こえてきた。一気に緊張が増して表情が強張る私に、隣の蒼一さんがいう。

「大丈夫、基本僕の隣にいればいい」

「は、はい」

「緊張しなくていい。咲良ちゃんはいつも通り笑ってればそれで百点」

 優しく笑いながら言った彼に笑い返す。覚悟を決めた私はしっかり背筋を伸ばし、前を向いた。私の歩幅に合わせて歩く蒼一さんに寄り添うように足を進める。

 扉をくぐり抜けると、豪華なシャンデリアが目に入った。華々しい会場には人が集まっている。だが恐らくまだ全ての参加者は集まりきっていないだろう、会場に対して人がまだ少ないように感じた。

「まだ来賓の人たちは今から。ここにいるのは僕の会社の人たちだね」

 こっそり私に耳打ちしてくれる。小さく頷いた。

 私たちが中に足を踏み入れた途端、一気に人々の視線が集まったのを感じた。ついたじろいでしまいそうなほど、みんな遠慮なしに私たちを見ている。

 好奇の目に晒される。蒼一さんが言っていた通りだった。

 それでも私は怯えた表情を一才出さず凛として前を向いた。全ては彼に恥を欠かせたくない一心だった。ほんの少しでも、しっかりした女性に見られたいと思った。
 
 じっと私たちを見て何かを話す人たち。何を言っているのかは気にしないでおく。今は嘘でも自信を持って歩くんだ。

 蒼一さんにエスコートされながら進んでいくと、会場の端に見覚えのある顔が見えた。蒼一さんのお父様とお母様だった。

 私たちの姿が見えたとき、お父様は優しく目を垂らして笑ってくれた。その隣で、お母様は少しも表情を変えずに私たちを見ている。

「お、来たか! 待ってたぞ」

「道が混んでて」

 蒼一さんが返すのを、お父様は笑って頷いた。私はしっかり頭を下げて挨拶をする。

「ご無沙汰しております」

 顔を上げると、やはり笑顔のお父様に対してお母様だけは渋い顔をしていた。想定内のことなので、戸惑うことなく平然を保つ。結婚したあと、お二人に挨拶に伺ったが、その時も笑顔はひとつも見えなかった。

 そんな空気を察してか、お父様が言う。

「いや、咲良さん、とても綺麗で驚いたよ!」

「いえ、そんな」

「周りの注目を独り占めだね、とても似合っている」

「ありがとうございます……」

 お世辞でも嬉しい。蒼一さんのお父様が褒めてくださったことが。
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