片想い婚
 恋する、なんてストレートに言われて一瞬慌ててしまった。でも特に否定する必要もないため、私は恥ずかしく思いながら小さく頷いた。

 山下さんは気づいてるんだなあ。私が蒼一さんを本当に好きだってこと。勿論片想いだとは知らないだろうけど。形だけの夫婦だなんて普通思わないよね。

 彼女はうんうんと頷く。

「好きな人のためじゃなきゃ、咲良さんもこんなに頑張って料理を勉強したりしないですもんね。あなたの真剣な眼差し見てればわかります」

「ふふ、山下さんの教え方が上手なおかげでもあります」

「嬉しいこと言ってくれるー!」

 二人で顔を合わせて笑う。最初は家政婦を呼ぶって言われた時少し戸惑ったけれど、相手が山下さんでよかったと思った。子供の頃から顔は知っているし、とっても明るくていい人だ。この人と話すことが楽しみにもなっている。

 山下さんとケーキ作るのも待ち遠しいなあ。

 あ……でも。私の心にふと翳りができる。

 当日は平日でお仕事だし、その後も誕生日は他の人と過ごすかも。友達と食事に行くとか。ちゃんとその日の予定を確認しなきゃだなあ。

 ぼんやりと鍋の中身をかき混ぜながら思う。こんな時、本当の夫婦だったら確認なんて取らずに無言の了解で一緒にお祝いできるんだろうな。

 私たちにはまだそれがない。

 山下さんに気づかれないように小さく息を吐いた。







 入浴を済ませ、私はゆっくりテレビを眺めていた。山下さんと作った料理はラップをかけて置いてある。蒼一さんが帰ってきたら温め直して一緒に食べるのが日課だ。

 あまり興味のないニュースをぼんやり眺めているところに、大きな音が響いた。スマホに着信が入っているのだと気づく。

 ダイニングテーブルに置きっぱなしになっていたそれに近づき、画面を見てみると母からの電話だった。

「お母さんかあ」

 時折、私の現状を聞くために電話がかかってくる。両親はいまだにお姉ちゃんを探しているので、その進捗状態を報告してくるのも話題の一つだ。

 私は出て耳に当てる。

「もしもしお母さん?」

『咲良? 今大丈夫だった?』

「うん、まだ蒼一さんも帰ってきてないし暇してたよ」

『そう……最近どうそっちは?』

 心配そうに言ってくれるお母さんに笑いかける。

「大丈夫だよ、蒼一さんは優しいし。あまり心配しないで、お父さんと喧嘩ばかりしないでよ」

 結婚式当日、姉の身代わりにさせたことを、母はずっと気に病んでいるようだった。蒼一さんのご両親があまり賛成していないことも勘づいているようだ。どうもそれでお父さんとよく口論になっているらしい。

 父は別に悪い人ではないのだが楽観的というか、『咲良が楽しく過ごせてるって言うならそれでいいだろ』みたいな考えらしくて、母からすれば許せないらしい。
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