好きになったのが神様だった場合
***


例大祭が終わって少しすると、朝晩は秋の気配が感じられるようになる。
それでも昼間はまだ夏が残る炎天下の中、明香里は下校途中に寄り道をして水天宮へ足を運んだ。
例大祭以来では初めてだ、来たかったがタイミングが合わなかった、友達とは来たくなかったのだ、少年の事を誰かに知られたくないのは何故なのか、明香里にはわからない。
下校時の寄り道は禁止されているが、明香里はどうしてもこらえきれず立ち寄ってしまった。

鳥居の前で周囲を見る、少年を探して。

もしかしたら同じ学校の子かと思い、この二週間、目を皿のようにして上級生を見ていたが、あの少年はいなかった。近くには別の学校もある、そこの生徒だろうか。

唯一の接点は水天宮しかなかった、ここに来れば会えるかと思ったが──見つけてやるといった言葉の心強さを思い出しては胸が熱くなる意味が明香里にはわからない。彼が連れ出してくれなければ母には会えなかったと思っている、そのお礼を言いたくてその姿を探した。

境内に足を踏み入れた、左程広い境内ではない、キョロキョロしてみるが、どう見ても姿は無い。

(……ここで会えたからって、ここにいるとは限らないか……)

小さな溜息が出た、彼は何処の誰なのだろう、名前くらい聞けばよかったと後悔しても始まらない。
探しながら歩いたがあっと言う間に賽銭箱の前まで来てしまった。折角来たのだからこのまま帰るのは神様に失礼かもと、お賽銭は持ち合わせていないが鈴を鳴らし手を合わせていた。

(あの子にもう一度逢えますように)

神様に祈ると言うのは、こういう事かと初めて知った。自分の力ではどうしようもない時に、まさしく縋りつきたい時に行うのだ。
再度小さく溜息を吐くと、社に背を向けた。会えない寄り道だったせいか、背中のランドセルが重く感じられる、早く家に帰ろうと思った。

天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)は厨子からその様子を見ていた、実体は持たない、気持ちだけは身を乗り出して。

「──あの娘だ」

つい二週間前に会った娘だ、忘れるはずが無い。
明香里は再び辺りを見回しながら離れていく。

「また、迷子か?」

天之御中主神はふらりと社を彷徨い出た。

「天之御中主神様!」

狐は怒鳴るだけでついては来ない。

天之御中主神の動きは歩いてはいるがふわりふわりとしていて、歩幅と移動は合っていない。鳥居の下まで来ると、明香里が歩み去った右手を見る。

赤いランドセルが揺れている、足取りはしっかりしていた、行く宛がはっきりしている足取りだ、今日は迷子ではないのだと判る。

「──気を付けて帰れよ」

小さな背中に声を掛けたが、それは誰も鼓膜も揺らさない声だった。
社に戻ろうと踵を返した時、鳥居の脇の植え込みにきらりと光る物を見つけた。なんだと思って見ると、それは天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)の記憶にあるものだった。
狐の姿を借りて明香里のそばに行った時に見た、明香里の髪を飾っていた風鈴を模した(かんざし)だ。

二週間もそこにあったのか、その割にはとてもきれいな状態だった。

「これを探しに来たのか?」

天之御中主神は笑顔になって、それを拾い上げた。もっとも触れる事はできない、手の平をかざすとそれはふわりと浮いた。

小さなそれを手にして、天之御中主神は笑みが零れる。



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