君は冬の夜に咲いた【完】

早川乙和くんは、その日からたまに「悪いんだけど、ノート見せてくれない?」と言ってくる。
それはどちらかというと、現国などの文系が多かった。

仲のいい友達ではなく、どうして私に言ってくるのか。その理由も、「小町さんの字、読みやすいんだよね。ありがとう」みたいで。

私は習字とか習ったことはなく、汚くも無ければ綺麗でもなかった。それなのに読みやすいと言ってくる早川乙和くんは、私からノートを借りる時、近くにいた女の子の友達らしい子に「小町さんのじゃなくて、私のノート、見せてあげるよ?」と言われていた。

そんな女の子に、「いいわ、お前の字ちっさくて見えにくいもん」と笑っていた。


早川乙和くんは、騒がしいグループに入ってはいるけど授業とかはサボらず来ている。
けれども寝ていたりとかで、ほとんど真面目に授業は受けていない。

そんな早川乙和くんに、6回目となるお礼のりんごのジュースを貰う時に聞いてみた。


「私の字、そんなに見やすい?」と。


「え?」


いつもノートを返してもらう時、「ありがとう」の返事の「いいよ」だけ言う私が、早川乙和くんに話しかけたのは初めてだった。

だからか、私に話しかけられたことに驚いているようで。


「ううん…私の字、そこまで綺麗じゃないのに…って思って」


私はそう言うと、早川乙和くんは、少しだけ顔を柔らかくして笑った。


「あー…うん、見やすくて。…あ、ごめん、やっぱり迷惑だった?めちゃくちゃ借りてるし…」


笑っている顔から、少し眉を下げた彼。


「…そういうのじゃなくて。貸すのは別にいいんだけど…」

「ほんと?」

「うん、いつもりんごジュース、買ってもらってるし…」

「いや、ほんと助かってるから。黒板の字見えにくくて。現国のせんせ、何書いてるか分かんなくね?」


言われてみれば、そうだった。
現国の先生である滝川(たきがわ)先生は、どちらかというと字が小さい。
そして癖があるのか、達筆のように文字と文字をくっつけてしまう時がある。
私もきっと、眼鏡をとれば見えない。


「目、悪いの?」

「うーん、そんな感じ」

「眼鏡とかは?」

「買うんだけど、近くの字も見えにくいし、遠くの字も見えにくいから。かけるとすっげぇ目が疲れるんだよね」


近くの文字?
遠くの文字も?


「そうなんだ、大変だね」

「また借りていい?」

「うん、私の字で良ければ…」

「ありがとう、マジ助かる」


人懐っこい笑顔をする彼は、「じゃあ明日もよろしくお願いします」と、ひらひらと手を振りながら去っていった。



早川乙和くんは、ノートを返す時じゃなくて、借りるときも「これ食べない?」と、コンビニで売っているようなプリンを買ってきてくれたりする。


「わざわざいいよ?ノート貸すだけなんだし…」

「俺が罪悪感無くしたいだけだから、受け取って」

「でも…」

「じゃあこんど肉まん半分こする?それならいいだろ?」



からかい気味に言ってくる早川乙和くんに、私もくすくすと笑うようになっていた。


授業を聞いてなかったり、遊んだりしているのに。きちんとノートだけはとる早川乙和くん。



早川乙和くんとそんな関係が慣れた時には、もう高校生最後の5月に突入していた。
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