社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
 くるみが選んだオオカミとウサギと言うデザインは、くるみとの初体験のきっかけになったハロウィンの仮装を彷彿(ほうふつ)とさせられて、実篤(さねあつ)はちょっぴり照れ臭い。

「あーん。やっぱり可愛いです! ねぇ実篤さん。オオカミとウサギ。うちらの門出にぴったりなデザインじゃ、思いません?」

 だけどくるみにはそう見えているらしく、ニコニコと笑いながらご満悦で実篤を見上げてくるから。
 実篤は「そう(ほう)じゃね」と答えるしかなくて。

 そればかりか、クイッとそで口を引っ張られて、「オオカミさん、オオカミさん。一緒に暮らせるようになれたら、たくさんうちを食べて下さいね」と小悪魔なことを言われてしまう。

 ケーキを手にしていなかったら「くるみちゃん!」と抱き締めていたところだ。

 さっき傾いたかも知れないと心配されたばかりのケーキを、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかないではないか。

 実篤は(くるみちゃん、もしかしてそれも計算ずくなん?)と思わずにはいられない。

 力を込めすぎて、ケーキの入った小箱の持ち手をクシャリと変形させてしまってから、実篤は(いかん、いかん)と小さく吐息を落とした。


「と、とりあえず! これ、台所で中を確認してみんと」

 グッと奥歯を噛みしめてくるみにそう提案すると、手にしたままの箱を掲げて見せて。

「あ。そうでした。……倒れちょらんことを祈っちょります」

 くるみの気持ちをケーキに向けることに成功した。


***


 テーブルの上。
 ケーキの入った箱をそっと開けてみたら、中身は無事だった。

 《《三つ》》入っているケーキたちが、スペースの余った箱の中で動いたりしないためだろう。
 ケーキ屋が、あらかじめ丸めた厚紙を二個、ケーキのそばにテープ留めして倒れにくくしてくれていたのが功を奏していた。


()かった。倒れちょらんかったよ」

 実篤(さねあつ)がくるみの方を振り返って言ったら、すぐ横からヒョコッと箱の中を覗き込んだくるみが「やんっ。実篤さん! 何ですか、これ! 凄い(ぶち)可愛いっ!」と悲鳴に似た驚嘆の声を上げた。

「うん。可愛(かわ)ゆぅて、くるみちゃんにぴったりじゃろ?」


 箱の中にはチョコレート生地と(おぼ)しき小さめのロールケーキが三つ並んでいた。
 ロールの真ん中には生クリームがたっぷり入っていて、生地に巻かれていびつな勾玉模様を描いている。

 だけどそれはただのロールケーキではなくて。

 アーモンドを持ったリス型の愛くるしいクッキーが、ロールケーキにペタッと貼り付くように配置されているから。
 美味しそうなふわふわロールケーキ尻尾(しっぽ)を持ったリスたちが、箱の中に三匹並んでいるように見えるのだ。

 しかもリス型のクッキーに描かれた顔がひとつずつ違うから、それがまたいい味を出していて。

「あぁーん! ホンマ、滅茶苦茶(ぶち、ぶぅ~ち)可愛いです! 何か食べるんが可哀想になるくらいっ」

 くるみが何度も角度を変えては箱の中のリスたちを覗き込む。

 そのチョロチョロひょこひょこと動き回る様が小動物そのものに見えて、実篤は(くるみちゃんの方がリスみたいで可愛いけん)と、一人心の中でクスッと笑った。

 そういえば初対面の時にもくるみのことを〝リスみたいにちっこくて可愛い子じゃな〟と思ったのを思い出した実篤だ。
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