社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
 この辺りは雇用主として、ハッキリさせておかないといけない問題だと思う。

 休業手当は普通正規の支払いの六割支給が最低限の補償内容だが、それを上回る分には問題ないはずだ。

 実篤(さねあつ)は、皆に満額の給料を払う確約をして帰らせてやりたい。

「な? さっき言うた通り天引きは一切せんけ、みんな風が(ひど)ぉなる前に安心して帰り?」

 再度皆を見渡しながら「社長命令じゃけぇ」と付け加えたら「これじゃけ、社長は」と口々に吐息を落とされた。

「戸締りやら出来るだけのことは俺らも手伝ってから帰りますけぇ。頼むけん、社長もみんなと一緒に事務所を出て下さい」

 営業の井上が我慢しきれなかったみたいに口火を切ったら、「そうそう。そう(ほう)じゃないと私らも安心して帰れませんけぇね?」と総務の田岡が援護射撃をしてきて。

そう(ほう)ですよ、社長。こんな日に(はよ)ぅ帰らんで木下(きのした)さん……じゃのぉて……えっと……奥さん泣かしたら俺、全力で奪いに行きますけぇね?」
 社内で一番の若手で井上と同じく営業。くるみに懸想(けそう)していたと、かつてポロリと吐露したことがある宇佐川(うさがわ)不穏(ふおん)なことを言う。

 それで実篤は吐息まじり。

「分かった。俺もみんなと一緒に出るけん。今日は臨時休業じゃ」

 降参しました、と言う風に諸手(もろて)を挙げてそう宣言した。

 皆を帰らせた後で自分だけ定時まで残って……なんて考えは、クリノ不動産の従業員らにはお見通しだったらしい。
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