君が夢から醒めるまで
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あれも違う、これも違う。これで何着目だろう。私は今、かれこれ一時間ほど一人ファッションショーを行なっている。こんなことなら勝負下着ならぬ勝負服を用意しておくんだったと、過去の自分を悔やみながらクローゼットを漁る。
なぜ私がこんなにも必死になっているかというと、明日飯村君とデートをすることになったからだ。デートというといかにも二人で出かけるという感じだけど、実際はそうではない。
友梨ちゃんから宮部君とのことを報告されたあの日、一通り話し終えた彼女から、「ダブルデートしませんか?」と唐突に誘われた。誰と誰がどうなってダブルなのかと言いたげな顔で彼女を見遣ると、
「飯村さんのこと、気になってるんですよね?」
と、確信をついたような顔で私に返してきた。私は彼女がまた今までの彼女を出してきたように思えて、そしてそれがどうしようもなく嬉しくて、否定も肯定もすることなく全てを受け入れてしまった。
「背中を押してくれたお礼です」と言って、彼女はその場で行き先を調べ、話はとんとん拍子に進み、今に至ってしまった。
そういう訳で、デートという表現は私の後輩が勝手にしただけで、本当にこれをデートと呼ぶかは不明である。だけど一つだけ言えるとしたら、私は今相当浮かれている。
一応飯村君とはお互いの連絡先を知っているけれど、私から連絡することなんてもちろんなかったし、彼からも特に連絡はなかった。一度だけ藤山先生が探していたという連絡を受けたことはあったが、その事務連絡のみで終わった。私のことをもっと知りたいと言ったくせに薄情だとか、そういう感情が湧き上がってくる度に押し殺してきた。
だけど明日は私を知ってもらえるチャンスかもしれない。この気持ちが何なのかは分からないけれど、私自身、彼にもっと知ってほしいと思っていることは確かだった。
結局、『デートの王道はワンピース』というネット記事を見つけて、クローゼットから冬用のワンピースを取り出した私は、鏡の前で何度もクルクルと回った。なんだかんだ言ってもデートということを意識している自分には気づかないフリをして、早めにお風呂に入り、明日に備えて日付が変わる前に眠りについた。
すると、久しぶりにあの夢を見た。どうやら今回は私がブランコに腰掛けているようだ。隣を見ても誰もいない。辺りを見渡しても人の姿は見えなかった。
ちょっと漕いでみようと両手を鎖に伸ばそうとした時、膝の上でぎゅっと握りしめられた右手の中に違和感を感じた。
そっと手のひらを広げると、そこにはあの日匠真から貰った小さな袋があった。そうだ、これって中身は何が入っているんだろう。気になって袋を開封しようとすると、
「まだそれ開けてくれてなかったんだ」
小さな声はすぐ隣から聞こえた。誰もいなかったはずのそこには匠真が座っていた。寂しそうな目で私と、私の手のひらにあるそれを見ている。
「匠真——」
何を言おうとしたのか自分でも分からない。そこに続く言葉があったのかも分からない。けれど、そんな私の言葉を遮るようにして匠真は私に言った。
「俺を探して。——俺を見つけてよ、琴音」
そこで目が覚めた。昨日の夜にセットしたアラームより五分早く目覚めた私は、何をする訳でもなく、ただぼーっと天井を眺めた。五分後にピピピとスマホが音を出した時には、夢の内容はぼんやりとしたものになっていた。
夢というのは不思議なもので、肉体的な痛みはなくても精神的な痛みはある。鮮明過ぎるほど心に強く残った内容も、ほんの一瞬で曖昧なものへと変わってしまうことだってある。夢か現実か——もしかしたら、それも分からなくなることだってあるかもしれない。
鳴り止まないアラームを止めて、私はそんなことを思った。