君が夢から醒めるまで
15
「就職おめでとう」
キャリアセンターに入ってすぐに藤山先生の大きな声が部屋中に響いた。俺は周りの学生に小さく頭を下げて先生の元へ急ぐ。
「ちょっとやめてくださいよ、恥ずかしい」
「えーだって、おめでたいことじゃない」
にこやかに微笑む先生から小さな花束を受け取る。
「え、貰っていいんですか?」
俺が物怖じしながらそう尋ねると、「もちろん」と先生は首を縦に振った。
「一年遅れてるんですけどね?」
「そんなの関係ないでしょ」
先生はそう言って俺の発言を軽くあしらった。
大学を無事に卒業した俺ではあったけれど、それは実に就職浪人生への転向でもあった。卒業した俺の面倒を先生は在学中と同じようにみてくれて、そんな先生の支援の甲斐あって俺は無事に社会人への切符を手にしたのだ。
「お父さんとおばあさんも一緒に?」
「はい、家族みんなで」
俺の新たな門出は家族をもう一度一つにした。卒業式に来てくれた父さんは次の日にはもう仕事があるからと長野へ戻ってしまった。寮を出てからばあちゃんのところへ行くことも考えたけど、俺はこの一年、飯村家で世話になることを選んだ。そうすることが俺を飯村匠真にしてくれたもう一つの両親への一番の親孝行だと思った。
そんな二人に別れを告げて、俺は今日この土地を離れる。父さんの待つ家に帰る。ばあちゃんと一緒に、母さんとじいちゃんもきっと一緒に、そこへ帰る。
その前に先生にお礼をしに来たのに、俺の方が花束を貰ってしまった。この展開に自然と顔がにやけてしまう。
「なんで笑ってるの?」
訝しそうに聞いてくる先生に、「先生、ありがとう」と伝える。すると怪訝そうだった表情は一気にその形を変え、「私、先生だからね」と少し胸を張って声高に応えてくれた。
「知ってますよ。最高の先生」
「ふふっ、嬉しい。ありがとう。飯村君、頑張るんだよ」
先生は目を細めて笑顔を作った。その言葉に全ての想いを込めて俺に届けてくれた。そんな先生に俺も笑顔で頷き、もう一度「ありがとうございました」と頭を下げた。
部屋を出ると、見覚えのある顔が二つ並んでいた。睨みつけるようにこちらを見る顔と、全く状況がつかめていない顔。二人を見て「ははっ」と笑い声が出る。
「いや、笑い事じゃないからな」
鋭い目つきのそいつは俺の笑い声をかき消すように大きな声で言った。それが本気で怒っている訳じゃないことくらい分かる。だって宮部は、そういうやつだから。
「親友に別れを告げずに行くなんて、お前も薄情なやつだよな」
「え、なに、飯村さんどこか行くの?!」
たじろぐ彼女に俺たちは大きく笑った。事情を説明する宮部の姿はしっかり社会人に見える。それもそうだ、俺より一年先輩なのだから。
「なんかお前とはいつでも会える気がしてんだよなぁ」
俺がそう言うと、宮部は「それもそうか」と納得した。今日ここへ来てくれたのは、ばあちゃんから連絡があったかららしい。彼女を連れてやって来るあたりが、その幸せを物語っているように見えて、俺はそんな二人の様子に安心した。
「頑張れよ、匠真」
宮部はきっとそれだけを伝えに来たのだと思う。俺もこいつに伝えたい言葉は決まっていた。
「おう。今までありがとな。それと、これからもよろしく」
お互い伝えたいことだけ伝えると、俺たちはすぐに背を向けて歩き出した。別々の方向へ続く未来がいつかどこかで交わることを願う。いや、交わらないのならどこかで俺が近づけばいい。そうやってこれからも続く親友との関係を心の中で祝した。