最愛のビッチな妻が死んだ
最愛のビッチな妻が死んだ 第1章 出逢い

「腕にBITCHってタトゥ入れてるおもしろい女性がいるんです。キタハラさん、絶対好きだと思うんで、今度紹介しますよ」

すべての始まりは知り合いの漫画家さんの一言からだった。

某雑誌社で働いている僕は「何か仕事の足しになればいいな」と軽い気持ちで了承した。その後、「キューティハニー」なるグループLINEが作成され、僕たちは会うためのやり取りを始めた。

なぜか、漫画家さんはあげはに僕をイケメンと伝えていたらしい。あげはは全然信じていなかったようだけど。

2月17日、会う当日。

指定された場所は六本木の会員制バー。いかにも芸能人御用達って感じの場所で、場違いな僕は漫画家さんと合流した。

待ち合わせ時刻に、あげはは当たり前の様に遅れてやってきた。

「初めまして、あげはです」

金髪で胸を強調した服、タトゥの露出度高め、インパクト抜群の彼女は悪びれた様子もなく、席についた。

(おいおい、いろいろカマせ過ぎだろ)

僕は内心そう思った。僕はただの飲み会、あげはは取材と、お互い勘違いしている状況の中、会はスタート。

僕は取材とは思っていなかったものの、あげはの警戒心バリバリの挑発的な口調、高圧的な態度に対し、取材モードに切り替えてしまい、相手がイヤがるような質問をバンバンした。

怒らせて、感情を引き出そうと試みたことは覚えている。

あげはの生い立ちやタトゥのこと、隠そうともしないリスカの跡。目に付く疑問符をあえてストレートに聞きまくった。

「アタシ、障害者だから。双極性障害。30までに死ぬのが90%の病気だし」「アタシはメンヘラ界の神だから。マジ、宗教開こうかと思ってる」

「晴れ女レベルじゃない、アタシは天気を司ってる。天照(アマテラス)だから」

「親は知らない。15歳で家出して、沖縄行って夜の世界で働いてた」「18歳で結婚した相手がいまの義父」

「あげはって名前は戸籍上も本物。昔の名前は忘れたくて、改名した」

「アタシに落とせない男はいない。有名人とヤルのがステータスだった時期もある」

「された相手の気持ち考えたことあります?」「それは逃げてるだけじゃないですか?」「わざわざ、その選択をしたなら、あなた自身の意思があるんじゃないですか?」

そんな失礼な質問にも、あげははじっと僕の目を見据えて、逃げずに答えてくれた。イヤな顔しながら。

現在はSMの女王様をしているという、外見とピッタリ合致する職業だと思った。

横では下戸の漫画家さんが、洋楽をシラフで熱唱している。

当時、離婚したてでセフレありの僕は特に異性の出会いを求めていない。

不妊治療で種ナシと診断され、浮気癖の治らない僕に元の嫁は離婚届けを突きつけた。家庭と、恋愛と、世間体の雑音に揺れる彼女を止める理由もなく、了承。

引っ越し先が決まり完全に離婚……のはずだったものの、恥ずかしい話であるが、仕事で使っていた車を停めるための駐車場が見つからず、彼女が購入した家のローンを些少払うことで車を停めさせてもらっている状況であった。

「アンタ、結婚はしてるの?」

不意な質問に、僕は半分正直、半分ウソで答えた。

「先月末に離婚が成立して、バツ1なりたてですね」

「へぇ〜、アタシはバツ2。そうなんだ」

少しだが、あげはが取材相手としてではなく、僕個人に心を開いた感じがした。

実はこの日、10時に下北沢で別件の取材が入っており、僕は途中で抜ける予定で参加していた。

あげはと会ってから2時間経過、本当に取材をしていたわけではないが面白い話は聞けたし、僕は次の仕事に向け、抜ける理由と定型文通りの丁重なお別れを告げた。

「今日はお忙しい中、お時間割いていただきありがとうございました。また別の機会でお仕事や飲みなど、ご一緒できると嬉しいですね。この後、別の取材入っておりまして、申し訳ありませんが、先に抜けさせていただきます。あとはお2人で楽しんでください」

「まだ飲んでるから、アンタも電車あったら帰ってきなよ」

なぜか、あげはの言葉が耳に残ってる。取材を終えたのは11時過ぎ、普段なら確実に帰宅する時間だ。

酔いが回って眠い、寒い、雪が振りそう……帰るに十分な理由は揃っていた。

しかし、僕は何度も乗り換えをこなし、六本木に戻った。このときの僕を褒めてあげたい。

2月18日午前0時過ぎ、バーのドアを開けるとマイク両手持ちでニルヴァーナを熱唱している漫画家さんと退屈そうに携帯をイジりながら、タバコを吸っているあげはの姿があった。

「ホントに帰ってきたんだ」

心なしか嬉しそうな素振りを見せてくれたあげは。その笑顔に、僕は帰ってきてよかったと感じた。

僕はあげはと出会ったのだ。

少しすると漫画家さんが「終電あるんで」とお金を置いて帰っていった。

残された僕らは先ほどとは違い、緊張した、おぼこい感じでお互いの好きなことの話を始めた。

あげはの口調も打って変わって優しくなり、一人称も「あたし」から「あげ」に変わっていた。

ついでに僕の一人称も「僕」から「俺」に変わっていた。

僕の着ていたパンクドランカーズのパーカーとヴィヴィアンのアーマーリングを「いいね。あげもパンドラやヴィヴィアン好きだよ」と、少しはにかみながら褒めてくれた。

好きな映画、好きな音楽、好きな本、好きな服、人見知りな僕が初対面でこんなに人と自分の話をしたことは後にも先にもない。

メンヘラレベルは、プロとアマ、メジャーとアンダーグラウンドぐらい差があるが、人間的に僕はあげはと似ていると感じ始めていた。

あげははどう感じていたのだろう。

「俺、ワイヨリカ好きでしたね」

「ホント!あげも大好き」

ふと出た音楽ユニットの名前。

僕たちのドン当たり世代であるミッシェルやブランキーなどより、人気の分母が少ないであろうワイヨリカの話ですごく盛り上がった。

カラオケであげはが、僕のリクエスト曲『さあ行こう』を歌ってくれた。

僕はミッシェルの『GIRLFRIEND』と『世界の終わり』を歌った。

カラオケが苦手な僕はほとんど歌わず、2人は歌うことより、話すことに夢中になり、途中から、お互いの好きな歌を入れ、BGM代わりに語り明かした。

「30歳まで生きれたから、もうあとはどうなってもいいんだ。やりたいと思ったことは絶対に妥協しない。いつだってそう生きてきた。今はもう優しいパパとかわいいニャンコいるし。死ぬのはいつだってできる」

取材モードのときとは違い、本音らしい言葉をたまに漏らす。

あげはは見かけや言動とは裏腹に、ただただかわいらしい女の子に、僕の目には映った。

朝5時前、空気を読まない店は店仕舞いを始め、電車は動き出す。

「帰りましょうか」

「もう少し飲まないの? じゃあ、あげもどっかの男の家に帰るわ」

あげはの表情に軽い失望が見えた気がする。

僕には少しの嫉妬心が疼いた。男と女なので、そこからもう一軒という考えをあるにはあったが、なぜかこの夜だけはキレイな思い出のまま帰りたかった。

外に出ると小雨が降っていた。

傘がない僕は最寄りの地下鉄までフードを被り歩き出した。店を出て、2.3分して電話が鳴った。

あげはだった。

「タクシー乗るなら一緒に乗せてってよ」

「いえ、歩きたい気分なんで大丈夫です。お気をつけて」

「じゃあまたね」

誘いを断った雰囲気でイヤな感じを与えてしまったが、今日はこれでいい満足だと自分に言い聞かせて、駅に向かった。

「一人きりになると酔う」

「わかる」

「お互い人見知り同士ですし。電車来ましたか?」

「来ちゃいました」

「お疲れ様でした」

「10時間耐久」

「もっと短く感じましたね」

「電車で寝ないように」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 ♢ ♢ ♢

次の日、東京では雪予報の空模様。

あげはからLINEが来た。

「雪、降らんかったね」

「ですね〜」

「雪が降ったら連絡しようと思っていたので残念です」

「雪、好きですか?」

「死ぬほど」

「テンション上がります? しんみりします?」

「しんみりテンション上がります」

「雪も気分や状況、一緒にいる相手でも変わりますよね」

「当然ながら。でも、どんな状況でも上がることには変わんない」

「ですね。一緒に観てみたいですな」

「また降るかな」

「降ると思います」

「一緒に観たらどう感じますかね?」

「今までとは違う雪の感じ方をするかもしれません」

僕たちは恋愛初心者の中学生のように、この歳で雪の話で盛り上がった。

「1週間前以上先まで雪の予報はなしですね」

「あら……残念」

「長野なら降りますよ。行きます?」

「いつですか?」

「いつでも。今日、仕事辞めたんで」

「え……女王様をですか?」

「個人奴隷とのプレイがほとんどでしたし、なんとなく気分で辞めてみましたが、まあ、そんなに今までと生活は変わりませんが」

「あげはさんが決めたんなら、うまくいくといいですね」

「ありがとうございます」

「そして、なんとなくあげはさんはうまくいきそうですね」

「まあ、今まで死ななかったので、なんとかならないことはこの世にないという確信は常に」

「飽きるまでは楽しみましょう」

ほぼ原文ママ、長く引用したのは、このときあげはは横にいたお義父さんに「アタシ、彼氏できるかも」とこぼしていたと、後に聞いたからだ。

何気ないやり取りだったが、僕も昨晩から心に感じたことのない異常な高揚感はあった。

30分後の午前2時過ぎ、きっかけは決定的なきっかけは赤いサイレンと共に訪れる。

「警察来ちゃいました」

「どうしたんですか? 大丈夫ですか」

「ギターかき鳴らし過ぎて」

「あ〜ビックリした」

なんでも、どうしようもない衝動をギターにぶつけ過ぎて1人ウッドストック状態で近隣住民に通報されたという。

「飲んでますか?」

「いえ、先ほど帰宅して風呂入ってました」

「あなたと会ってから、アタシ少し変なんです」

「……なにかあったのですか?」

「あったような、ないような。生活感を垣間見たいんですけど、ダメですか?」

「別にいいですけど、まだ引っ越し整理完了してないですよ」

「見せてください。取り急ぎ、写真でいいので」

とにかく本と服、フィギュアやレコードと収集癖がある僕は古い一軒家に越したばかりで、自宅は100箱以上の未開封段ボールが山積みであった。机、寝床、台所、階段、書庫、服庫と順番待ちに写メを送った。

「リラックマいますね。なんか意外でした。途中からイメージ通りになってきました」

それからあげはは「生活感のお礼です」と、一軒のバーを教えてくれた。

「昨日言ってた目をつけてるバーです。芸能人が幅広く利用する。役に立つか分かりませんが」

「一緒に行きますか?」

「一緒に行った方が役に立ちますか? 正直に言っていいですよ」

「役に立つというよりは一緒に飲む大義名分としてよいかと。答えになってないかもしれませんが」

「でも今の気分としてセックスフレンドがたくさんいる店には、行きたくないです」

そして、ブログの画像が送られてきた。

「アタシのビッチな部分です。最近、書いてませんが」

「了解です。ビッチなイメージがないな」

純粋ぶらないあげはは、汚れない真っ白な女性にしか見えなかった。

「たぶん、いくらでもあなたの仕事に協力できるんですが、したくなくなっちゃったんですけど、いいですか」

「構いませんよ」

「アタシ、実は運命論とか信じてるので。だから、なんだろう。うまく言えません」

「運命に抗う必要はないですよ」

「著名人とセックスするのも落とすのもカンタンですが、貶めるのも」

「だと思います」

「おこがましいですが、なにか違う形であなたとはいたいと思ってしまって」

「仕事にすると失うものもありますしね」

「いいえ、そういうワケではなく」

「あげはさんが選択したい道を選ぶのが正解だと思いますよ」

「直感が外れているなら仕事にしますが」

「僕はそこまで仕事に魂を売りませんしね」

「アタシはあなたが気になります」

重く深く、そしてハッキリと僕たちは始まったと思う。

「誰かに友達を売れとは言わないですし、仲良くなれるなら、そっちの方が楽しそうですし」

「売りたいのは失いたいモノなのでむしろ売りたいのですが、これからネタのために誰かと寝たくないっていう話なんです」

「そんなこと、しなくていいと思います」

「なんでですか?」

「誰が得するんです?」

「お仕事してるキタハラとか」

僕はあげはの精一杯の気持ちが逆のベクトルであることを告げる。

「そんなことされても……悲しいだけでネタにもできないです」

「まあ、なんか複雑です。すいません」

「誰かを売ったり、貶めたり、暴いたりするヤクザな仕事だとは思いますが……自分勝手なルールはあるので」

「今度、雑誌読んでみます」

「あげますよ、売るほどあるから」

「あは、ありがとう。即刻、添い寝してほしいです」

「ニャンコに?」

「あなたですよ、知ってて聞いてますね」

「……と。ドッキリですか?」

「ドッキリだと嬉しいですか?」

「嬉しいというよりビックリします」

「ドッキリにビックリするのは普通の反応ですね」

「ええ」

なんの捻りもない、つまらない返事しかできないぐらい、僕は驚いていた。

「アタシに興味がないですか?」

「興味はありますよ。興味本意ってだけではなく」

「もっと知ってほしいです。変ですか?」

「不思議」

「なにゆえに?」

「正直、おんなじようなことを考えてたり」

「感極まっています」

「不思議ですよね」

「そうですね」

本当に不思議だった。僕は運命とか永遠など、ナルシスな勘違いだと信じて生きてきた。人は他者と分かり合えない、僕は誰とも分かり合えない、と。

分かり合えたらいいのになという気持ちを、うまく否定することで理論武装して自我を保って生きてきた。

希望を持って、また裏切られるのが怖いから。

「なんかこういうの慣れてないから……うまく言えませんが」

「昨日、お互い散々落とすまでか好きだと語り合ったので」

「当てはまらないこともあるかもしれませんし」

「今回はそうですよ。でも説得力がないかと」

「お互いに?」

「そうです。でも、いいんです。できました、説得力」

「ありがとう」

「明日も仕事でしょう。どうぞお眠りください」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

明け方4時過ぎまで、僕らはやり取りを続け、直感を確信に変えて眠りについた。

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