人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました

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 夕食とお風呂を早々に済ませて、いつもの休みの前日ならリビングでだらだら見るテレビもパスし、2階の自室に閉じこもる。
 せっかく時間があるのだから、じっくり論文でも読もう。
 そう思い立って論文に夢中になっていたが、途中で喉の渇きを覚えて部屋を出た。
 1階の明かりがついていたので部屋に引き返そうとしたが、避けたところでしばらく一緒に生活する事実は変わらないと思い直してリビングのドアを開けると、ソファに座っていた蓮が顔を上げて時計に目をやる。

「叶恵さん。もう1時ですよ。まだ寝てなかったんですか」
「明日は休みだから論文を読んでたんです。山内さんこそまだ寝ないんですか」
「僕は昼過ぎまで寝かせてもらってたんで、眠くなくて」

 バツが悪そうに蓮は笑う。
 芸能人という普段なら手の届かないところにいる存在が、すぐそこ、触れられるほどの距離にいる。
 そのせいか、今の蓮はどこにでもいる普通の男の人のように見えた。
 だからだろう、叶恵はつい言ってしまった。

「ビール、飲みますか」
「え? いいんですか」
「あ、でも、昨日あれだけ酔ってたし、お水とかのほうがいいかも」
「せっかくですからビールをください。もうアルコールは完全に抜けましたから、叶恵さんが飲まれるのならお付き合いしますよ」

 一緒に飲むために声をかけたわけではなかったのに、勘違いさせてしまったようだ。
 ここで1人ビールを持って部屋に戻るのも大人げないと思い、叶恵は諦めてビールとグラスを2つ持ってリビングに行く。

「どうぞ」

 空のグラスを渡してビールを注ぐと、今度は蓮が叶恵のグラスに注いでくれた。

「ありがとうございます」
「こちらこそ、僕の居候を許してくれてありがとうございます。じゃあ、カンパイ」

 蓮の声につられてグラスを軽く鳴らし、一気に飲み干す。
 叶恵はふと、これはいい機会なのではないかと思った。
 蓮の居候がいつまで続くかは分からないが、1日2日でないことは確かだ。
 だったらこの際、言っておくべきことや聞いておくべきことを話し合っておいたほうが、今後一緒に生活するためにはいいはずだ。
 そう提案すると、それもそうですねと蓮は頷いた。

「じゃあ叶恵さん、僕に言っておきたいことは?」
「山内さんっておいくつですか」
「叶恵さんのひとつ上、30です」
「だったら私にも敬語じゃなくて、祖父母に話すように普通に話してください」
「分かった。じゃあ叶恵さんも、敬語はやめてね」
「……」

 言葉に詰まってグラスを傾けるが、空だった。
 蓮が苦笑して2本目のビールを持ってきて注いでくれる。

「ありがとうございます」
「今、敬語使ったよ」
「タメ口なんて無理です。山内さんのほうが年上ですし」
「年上って、1歳しか違わないじゃない。これからしばらくは一緒に暮らすんだし、俺のことは名前で呼んでよ。もちろん敬語もナシ。あ、でも名前を呼んでもらうと、外で呼ばれたときに俺だってバレるかな」

 は? 外? それって、一緒に出かけるとか、そういうこと?
 いやいや、そんなことはありえない。きっと間違った受け取り方をしただけだ。

「何を1人で百面相してるんだよ、叶恵」
「‼」
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