プロメテウスの復讐〜わたしの愛した黒豹執事〜

永遠の二人


 ディートリヒは、長い間貴族たちに仕え人の性質を熟知し、そして彼の思慮(しりょ)深さから、スラティナ地方を治めていたヴェードル王国の人族の王と外交をしました。
 ヴェートル王国は隣国との間でここ数年何度も武力衝突し、常に侵略の脅威(きょうい)にさらされていたのです。
 獣人(オノレ)達がヴェートル王国の強力な同盟軍になるという条件で、彼らが創世記より故郷としていた場所に独立国を作る事を了承しました。
 創生の時代から住んでいた獣人たちとは異なり、人族にとってこの地方の過酷な厳しい冬を乗り越えるには、彼らから与えられた炎を使っても、毎年大変な財政赤字となっていたようでした。
 お父様をはじめ、リーデンブルク辺境伯は獣人たちを蔑み、先人の知恵に耳を傾ける事をしなかったせいでしょう。
 
 そして新しい夜明けがスラティナ地方に訪れると、かつてはリーデンブルク城だったその場所に、新たな獣人の王が君臨しました。獣人(オノレ)を奴隷として扱う事を禁止し、人と獣人が住むこの場所を『ルサリィ』と名付けたのです。

 ルサリィに長い冬が訪れ、やがて雪解けが始まり、美しい花々が芽吹き始める頃、私は赤い絨毯の上でレースの刺繍が施された美しいドレスを着てゆっくりと歩き始めていました。
 私とディートリヒの両側には親族はいないけれど、ルサリィを支える人々と獣人達がそれぞれこの日を祝うかのように、誰もが笑みを浮かべて私達を見守っていました。
 純白のヴェールを被って、豊穣の女神エルザの象の前まで互いに長かったこの道のりを噛みしめるかのように歩いていきます。
 雪の結晶が天から降り注いで、雲の隙間から淡い太陽の光柱が差し込む光景は、それはそれは美しく清らかで、まるで童話の世界のようでした。
 私は、美しい光景の中、前方から歩み寄ってくる最愛の人の存在に子供のように胸を高鳴らせていました。

 私は長い間、幼い時から何度も何度もこの瞬間を夢見ていたのです。ギルベルト様と政略結婚させられた時でさえ『永遠の愛を誓うのはアルノーしかいない』と嘆いていたのですから。
 豊穣の女神エルザの像の前まで来ると、ディートリヒは私の手を優しく取り、愛しそうに手の甲に口付けたのです。

「本当に綺麗だ……オリーヴィア。俺の愛しい人」
「陛下……この日が来るのをずっと待っていたわ」

 聖なる泉から永遠の(ちぎり)を交わすための指輪を取り出すと、ディートリヒは私の薬指につけました。私もまた、聖なる泉から指輪を取ると彼の薬指にゆっくりとつけます。
 ようやく、純白のヴェールが取られ最愛の人の優しい微笑みが目の前に現れて、安心したのもつかの間。
 私たちの間で永遠の愛を誓う、口付けが交わされました。
 冷たい吐息を吐きながら、全てを暖かく包みこむような甘い口付けに、聖なる泉で冷えた指先まで暖めてくれるような気がして……。
 きっと私は、この誓いの口付けを生涯忘れる事は無いでしょう。

「誰よりも貴方を愛してるわ、アルノー」
「それはこちらの台詞です。私は貴女のものですよ、オリーヴィアお嬢様」

 私たちはこっそりそう囁き合うと小さく笑い合いました。巫女様が少しそれをたしなめるように咳払いをして恥ずかしくなりましたが、ディートリヒは、どこ吹く風で笑うと私を抱き上げました。
 私は思わず驚き声を上げて彼を見つめます。
 だって夫婦の誓いを立てる厳格で神聖な儀式なのに、こんなことをしでかすなんて、オフィーリア大陸中を探したって、ディートリヒしかいないのではないかしら。
 
「さぁ、城に帰ろう……オリーヴィア。もうこれで、君は正式に俺の最愛の妻だ」

 いつの間にか雪は止み雲の隙間から青空が見え始め、やわらかな日差しが私たちに降り注いでいました。
 それはまるで、私たちの結婚の行く末を祝福しているかのように思えます。
 人を殺めた私の罪は消えないけれど、リーデンブルク辺境伯が犯した虐殺の罪を、ヴェードル王国に伝え、私を恩赦(おんしゃ)するように交渉したディートリヒのためにも、私は彼と共に歩み、この国を支えて行くつもりです。

「ええ。私の最愛の陛下。今夜は私をとびっきり甘やかして離さないでね」
「――――またそうやって私を困らせるんですから、お嬢様は」

 呆れたように笑うディートリヒの瞳は熱っぽく、私はこれ以上ないくらい幸せな気持ちでいっぱいになりました。
 ――――だってもう、私たちに『秘密』は無くなり、永遠に愛し合うことを許されたのですから。

 完

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