君と僕との相対性理論
部屋に戻れば、また私の体からは雪さんの匂いがした。優しい穏やかな匂い。
今思えば、男性にあんなにも優しく話しかけられたのは初めてかもしれなくて。
このまま部屋着に着替えたくなくて、痛む頬と、寒くなった肩を感じていると、ノックもなくその人は私の部屋に入ってきた。
兄は険しい顔をしながら私を睨み見つめてくると、「西条さまとホテルにでも行ってたのか?」と、嫌味っぽく言ってくる。
ホテル…?
どうしてホテル?
どうしてホテルという単語が出てくるか分からず。
「こんな時間に帰ってくるなんて、アバズレだと思われる」
だけど、次の兄の言葉に、どういう意味か分かり私は悔しくなって、「違います…」と、兄を見つめた。
「…夕陽を見に行っていました、帰るのが遅くなったのは、夕陽が降りるのを待っていたからです」
「どうだか、西条さまが気に入ったのは、和夏のカラダだったりしてな?」
兄の台詞にカッとし、「…していません!!」と少し大きな声を出した。
「だったら盗聴器が聞こえなくなる距離に鞄を置くな」
「…っ……」
「やましい事があると思われるのは当然だろ」
「雪さんは、そのような人ではありません……」
「和夏」
「やめてください……」
「…」
「私の事はいいです…、雪さんをそのような言い方をしないでください…」
「…」
「盗聴器は、雪さんと出かける時、持ち歩きます。それでいいですか…」
「…分かればいい」
兄が部屋から出ていく。
部屋から窓の外を見た。
その窓から、私はさっきまで見ていた夕陽を思い出していた。
その日の夜、雪さんから『言い忘れてた。おやすみなさい』とメッセージ連絡が届いていた。
すぐに落ち込んでいた心が温まり、涙が出そうになり。
とある感情が芽生えてきていた私は、どうすればいいか分からなかった。
これは、愛のない婚約。
好き同士ではない政略結婚。
早く雪さんに会いたいと思った私は、もしかすると雪さんに特別な感情を抱いているのかもしれず。
その感情に無理矢理フタをしながら、『おやすみなさい』と返事をした。
次に雪さんから連絡が来たのは、12月前半。『2月14日、朝から時間あるかな』と、夕食の約束ではない連絡だった。