それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
「別れる、別れない、って、俺たち2人の問題だろ。どっちかだけが悪いなんてことは、無いんだよ」

どうして翼は……こういう時まで優しいんだろう。

いっそのこと責めてくれたら、罵ってくれたら、「ごめん」って言えるのに。

こんなに優しい人を傷つけてしまった自分のことを余計に憎く感じて、自分で自分を許せない。

これほど自分に対して強い怒りを感じたことは初めてなのに、それでもまだまだ自分に対して腹立たしい気持ちがおさまらない。


「翼……私……」

もう一度、翼と向き合いたい。

そう思ってしまう、願ってしまう自分がいる一方で、それは叶わないことなのだと、どこか冷静に判断している自分もいた。

「ごめんな……俺、諦めが悪くて……」

翼は、ポロポロと涙を零しながら、私の頭を優しくなでた。

「沙帆とずっと一緒にいたから、離れるのが辛くて……。それに、離れなきゃいけないと思いつつも、こうやって文化祭も一緒にまわろうって誘ってくれたりしたら、やっぱり嬉しくてさ……。諦められなくて、別れるって決めるまでに、凄く時間がかかっちゃった」

翼は、両手で私の頬を包んで上を向かせると、私と視線を合わせた。

「もしかしたら俺、沙帆のこと、ずっと引きずってしまうかもしれないけど」

翼はいつも通り明るく笑う。

「もし30歳ぐらいになってお互い独身だったら、もう1回付き合おうな」

おどけながら放った翼の言葉に、私の目からは涙が流れた。

「ほら……泣くなよ……泣きたいのは俺だよ……」

翼は、自分も泣いているのに、苦笑しながら私の目にたまった涙を指ですくう。

翼は優しくて、本当に優しくて。
その優しさに、私は何度救われただろう。
その優しさに、私は何度安心しただろう。

一方で、その優しさに、私は甘え過ぎてしまった。

甘え過ぎてしまってー…真っ直ぐすぎる翼を、傷つけてしまった。

「ごめんね……翼……」

心の底から湧き出た詫びの言葉を受け止めるように、彼は優しくうなずく。

「どうして沙帆が謝るんだよ。別れを切り出したのは、俺だぞ」

翼はふっと笑うと、私の頭をゆっくり撫でた。

「そうだね……」

「沙帆」

翼は息を吐きだすと、数秒間の沈黙の後、穏やかに笑ってから続けた。

「今すぐは無理だろうけど……いつか、その時が来たら、畑中にちゃんと想い伝えろよ。絶対、大丈夫だから。沙帆の気持ち、伝わるから」

翼は最後の最後まで優しくて、そして、やっと私は、いかに自分にとって大切で、大きな存在だったものを手放すのかに気づいてしまった。

それでも、きっともう今更後戻りは出来なくて。

だからこそ、私のことをー最後まで私のことばかりー考えて下してくれた彼の決断を受け止めて、しっかりしないといけない。
< 101 / 125 >

この作品をシェア

pagetop