それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
「やっぱり吉川、ピアノ上手いな」

リクエストされた曲を弾き終え、最後に押さえていた鍵盤から指をあげると同時に、先生はクシャリと私の頭を撫でた。

「ありがとう、急だったのに」

「ううん、別に良いよ」

恥ずかしいって、と言いながら、自分の頭から先生の手をどかす。


「おかげさまで、癒された。これから頑張れそうだわ」

「本当? これだけで?」

嘘っぽいなあ、といいながら、先生の顔を覗き込む。


「本当だって! お前のピアノ、なんか心に染みるんだよな。リラックスできるっていうか」

「ふうん」

「あ、信じていないだろ?」

「……信じているよ」

「お前こそ嘘っぽいな!」

先生の返しに、私は声を上げて笑った。

「けどさ、本当にありがとう。俺、元気出たわ」

「それならよかった」

私は鍵盤の上にカバーをかけて蓋を閉じると、荷物を手に取る。

「元気が出たなら嬉しいけれど、それでもちゃんと寝てね?」

「おう、今日は早く寝るようにする」

先生は大きくあくびをした。

「じゃあ、私、帰るから」

音楽室のドアの前で、先生に手を振る。

「吉川」

先生はじっと私を見つめてから、ふわりと笑った。

「俺、やっぱりお前が弾くピアノ、好きだわ」

「そう? それはどうも」

「ありがとうな、忙しいのに」

「もういいってば」

今日何度目かわからないお礼の言葉に、私は「お礼は十分聞いたよ」と告げる。

「先生、本当にちゃんと寝てね。先生がこんなに素直にお礼を言うなんて、きっと心が疲れている証拠だよ」

「お前っ! 失礼だなあ!」

「だって本当のことだもん」

私はいたずらっ子のようにペロッと舌を出すと、「酷いなあ!」と文句を言っている先生から逃げるように、「バイバイ!」と言い捨てて、靴箱へ向かう。

――私の演奏が、少しでも先生に元気をあげられたらいいな、と、思いながら。
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