甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
『ドレスは着たいけど、あの人はお断り』


『相手は世の独身女性憧れの王子様だってわかってる? 元彼に結婚報告された日に求婚なんて、まさに運命の出会いじゃないの』


『運命なんか、信じてないわよ』


そんなものがあるなら、ぜひとも事前に教えてほしい。

それなら恋愛相手に悩む必要も、響谷副社長に振り回されることもない。

同期の親友は仕事では驚くほどシビアで現実的なくせに、恋愛においては少し夢見がちだ。

その証拠に声がいつもより弾んでいる。


『ハイハイ。なにはともあれ、元気そうで安心したわ。沙也の性格上、自分を責めてもっと落ち込んでるかと思ったから』


『もちろん、私のなにが悪かったのかって悩んだ……』


言いかけた途端、脳裏に彼の言葉が浮かんだ。


『悲劇のヒロインぶっていてもなにも変わらない』


『……ねえ、塔子。私って悲劇のヒロインみたい?』


『なに、急に? 確かになんでもすぐ自分のせいにして引き受けようとするところはあるけど……優しさと謙虚さは沙也の長所でしょ』


迷いながらもはっきり口にする親友に、頭を抱えたくなった。

私は謙虚でも優しくもない。

波風を立てるのが嫌で、率直な感情を伝えないだけ。

そのくせ自分自身さえ騙せずに感情を爆発させた、ただの卑怯な臆病者だ。

悔しいけれど、彼は出会って間もない私の性格を見事に見抜いていた。

こんな出会いも展開もありえないのに、小さな棘のように心の奥底に彼の姿や言葉が刺さって抜けない。


『まさか御曹司に指摘された?』


勘の鋭い塔子があっさり言い当てる。

返答に迷う私の心情を見抜いたのか、親友はフフと楽し気な声を漏らす。


『月曜日までにしっかり考えて、気持ちの整理をつけなさい』

 
宿題よ、と告げて塔子は会話を早々に切り上げた。
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