今日から君の専属マネージャー


「じゃあこれからは、学校でも、仕事でも、家でも一緒だな」

「……うん」


__……ん?


「い、家でもって……?」

「やっぱ、一緒に暮らしてたほうが、何かと都合がいいだろ?」

「いや、そうかもしれないけど……」

「それに、美鈴は俺がいないとダメだろ?」


__素直に「うん」って言ったら、涼ちゃんは、ずっと私のそばにいてくれる?


「でも俺、家で二人きりになっても、もう我慢しないから。

 今度は、何もしない保証、ないから」


「え?」

「俺も男の子だからさ」


涼ちゃんは私に向かって、意地悪くにっと笑う。

その笑顔の意味を思い出の中から取り出すと、一瞬で顔に熱が集まってくる。

そんな私の頬が、涼ちゃんの手に、優しく包み込まれた。


「俺も男の子だから、好きな人とどうにかなりたいって、思わないわけないじゃん」


涼ちゃんのとろりとした瞳に、私の瞳がつられてとろりとなる。

涼ちゃんの顔がだんだんと近づいてくるのを感じながら、その瞬間を待った。

だけど、唇同士がぶつかる前に、鼻先がこつんとぶつかった小さな衝撃で、私は「ん?」となる。

そして思わず、涼ちゃんの体を引き離した。


「す、好きな人?」


私は自分の胸のあたりを、人差し指で思い切り刺す。

自分でも痛いほどに。

これが、夢じゃありませんようにと。


「そうだけど、なんだよ」

「え? 涼ちゃんの、好きな人?」

「だから、そうだって。前から言ってるじゃん、好きだって」


「そ、そう、だっけ? 

 え? い、いつ?」


「鼻血出して寝てるとき」


思い出したくない思い出を思い出して、顔がさーっと青ざめたかと思ったら、一気にかあっと熱くなる。

私の血管、大丈夫だろうか。


「な、なぜそのタイミング?」

「え? 普通じゃない? ああ、かわいいなあって」

「鼻血が?」

「うん」

「涼ちゃん、ちょっと変わってるね」


「そう?」と涼ちゃんはなんでもない顔をする。


「それに、そんなん、ずるいよ。気絶中に言うなんて。言ったことにならないよ」

「俺、結構いろんなタイミングで伝えてたと思うけど? 直接、直球で」

「え? うそ」

「「うそ?」はこっちのセリフだよ。覚えてないんだ?

 ああ、違うか。気づいてないのか」


「す、すみません。記憶力もゼロ。勘もゼロで。私、何もかもゼロだね」

「美鈴はゼロなんかじゃないよ」


「え?」と視線を上げれば、涼ちゃんの優しい微笑みが私を待っていた。




「美鈴は、無限大」




そのセリフだけで、その穏やかな微笑みだけで、もうドラマや映画のワンシーンの中にいるみたい。

咲き誇る桜が、喜んで涼ちゃんの背景を彩る。

柔らかな桜の色が、涼ちゃんの優しさに重なり合う。




「ほら、ゼロを重ねたら、無限大の形になるだろ?」




「……涼ちゃん」





「ん?」






「あの……………

 無限大の形って、どういうの?」



「……あとで自分で調べろ」


能面のような表情と共に低く放たれた涼ちゃんの声。

そんな涼ちゃんも、優しい涼ちゃんも、呆れた顔の涼ちゃんも、子供みたいににっと笑う涼ちゃんも、クールな完璧男子の涼ちゃんも、そうじゃない涼ちゃんも、全部……全部……




「好き」



「え?」



「私も、涼ちゃんのこと、好き」



そんな短い言葉を伝えるだけで、胸が苦しくなる。

声が震える。

涙があふれ出そうになる。

この場に、足元から崩れ落ちそうになる。

だけど伝えたい。

伝えなきゃ。

涼ちゃんがそうしてくれたから。

そんな決死の想いで気持ちを告げた。

私のことぼうっと見ていた涼ちゃんは、ゆったりと穏やかな表情になって、ふっと笑ってから、まるで鼻歌を歌う様に言った。




「……知ってるよ」


「……え? なんで……」


「俺は完璧男子だから。美鈴の心の中見透かすぐらい、朝飯前だよ」


 その自信満々な表情に、思わず見とれてしまう。




__さすが、完璧男子。




「やっぱ、涼ちゃんはすごいや」

「今の、ほめた?」

「え? うん」

「もうほめ方、忘れちゃった?」


そう言って、私の方に体を傾けて頭を差し出す。


「え? ああ……」


私はそっと、涼ちゃんの頭に触れた。

懐かしい感覚。

愛おしい感触。

そっと撫でると、髪が指先を弄んでくすぐる。

それさえ心地いい。



「涼ちゃんは、すごい」



その手を涼ちゃんはばっととって、私の頭を自分の胸元に抱き寄せた。

そして今度は涼ちゃんが私の頭をそうっと優しくなでる。

その心地よさに、思わず目を閉じる。



「これからは、俺の仕事」



体を抱き寄せられて、その力強い腕の中にすっぽりと包み込まれると、体中が涼ちゃんの匂いと体温で満たされていく。



「美鈴、大好きだ」




頭のてっぺんから響く愛おしい声を聞きながら、私も涼ちゃんの胸にすりすりと顔を寄せる。

腰のあたりに控えめにおいていた手が、ぐるりと涼ちゃんの背中に巻きつく。

涼ちゃんの優しい空気を、逃がさないように。

涼ちゃんをたくさん感じたくて、大きくその匂いを吸い込んだ。



< 132 / 136 >

この作品をシェア

pagetop