青に染まる
「っ、君は……!」

 濡れ羽色、と言ったらいいのだろうか。それくらい綺麗な黒髪。……男の人に使うのはおかしいだろうか。

 その人は琥珀のような透き通った瞳に僕を映して、目を見開いている。どうしたんだろうか?

 (かどわ)かすわけでもなさそうだから、とりあえず不審者とかそういった類の人ではなさそうだ。

「どうかいたしましたか? ……あっ、もしかして花をお求めですか? ではこちらにどうぞ」

 逆にこの機会を逃すまいと店に引っ張り込む。「ちょっと」とお客様は戸惑っていたが、僕の商売魂の勝利である。

 店の中に入ると戸惑いで強張っていたその人の手から力が抜け、自然に「わあ……」と感嘆の声が零れていた。その様子に僕は少し満足する。

「どれかお気に召したものはございますでしょうか?」

 花に感動してくれただけで嬉しくて、僕はとびきりの笑顔で問いかけた。

「え、ええと……」

 自分から腕を掴んできたくせに、店に引きずり込まれるのは予想外だったのだろう。その人はあたふたとし始める。こう言っては悪いが可愛い。

 この店を見てこんなに挙動不審になる理由は一つしかないだろう。

「初めてのお客様ですね?」
「えっ……」

 あれ? 違っただろうか。

 訝しんで見ていると混乱を極めていた目の光はようやく正常に戻り、納得したように「はい」と頷いた。予想が当たっていたらしい。

「なら、まずはゆっくりご観覧ください」
「は、はい……」

 その人はどこか緊張しているようだった。動きがぎこちない。

 そういえば僕を掴まえて、何がしたかったんだろう。もしかして、世に聞くスカウトとかだったんだろうか……いや、それにしては動きがぎくしゃくしている。

 じゃあもしかして、昔の知り合い?

 昔の知り合いだとしたら、残念ながら僕は覚えていない。
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