青に染まる
 兄貴は若干の記憶障害があるようで、常連の顔も覚えていられないからとメモを取るようになった。

 言わずものがな、おれはすっかり常連だ。何かにつけて花を買っていく。部屋に飾ったり、庭に植えたりしている。兄貴と一緒に花屋をやりたかったから、知識はあったんだ。

 我ながら、女々しいとは思う。「私を忘れないで」とか「貴方を忘れない」とか「幸福の再来」とか、届かないことは知っているのに兄貴のために花を買ってしまう。自分のためでもあるが。

 会うたびに、「汀さんですか。僕と同じ苗字ですね」と言われ傷つく。兄貴と同じ苗字なのは当たり前だ。兄弟なんだから。婿養子にでも入らない限り、おれの「汀」という苗字は変わらないだろう。兄貴の苗字も然りだ。

 今日も名前を訊かれるんだろうなと思いながら、花屋に足を向ける。
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