たぶんもう愛せない
<もうきっと愛せない>
「始めは大人しくて自己主張しない無難な女とう感覚だったが、一緒に過ごしていくうちに優しさや美しさに惹かれていった。どんなに愛したとしてもあの人に邪魔をされるだけだと、愛してはいけないと思っても愛さずにはいられなかった。そして今、目の前にいる奈緒は、あの人に何とか抗えないだろうかと考えることができるほど愛している」

「でもあなたは弥生の束縛と執着から本気で逃れようとしなかった」

「それでも奈緒を愛してる。この先もずっと」



「海智さんと呼んでいた私は海を愛してた。あなたに愛されたくて弥生さんの真似をしてエステ行って、苦手な料理を克服する為に勉強したの。あなたに美味しい家庭料理を作るために、何もかもがあなたの為に」
「わたしはもうきっとあなたを愛せない」

海はソファに深く沈み込むように座っている。


パトカーのサイレンが遠くから聞こえ、徐々に近くになってくる。
そして、サイレンは隣の家の前に止まった。


「お義父様は警察を呼んだのね」

「俺も事情聴取を受けることになるな、共犯だといわれても仕方がないからな」

「離婚してください」


「それは出来ない」

「あれだけの証拠があるんです、訴訟をしてでも離婚したいです」


「俺たちは本当の意味での婚姻関係ではないから」


気まずそうな海の表情に不信感が募る。

「どう言うこと?」

「婚姻届はあの人が持っている」

「私はあなたにとって、ただの他人だったということ?」
足元から、全てが崩れ落ちるようだ。前回は確かに籍は入っていたはず。

「あの人が、自分で奈緒と結婚して子供を作って欲しいと言っていたのに、実際に結婚することになると駄々をこねて婚姻届を持っていってしまった。前の時は、妊娠をした場合に保険証が無ければ困るからとなんとか宥めて結婚式の1ヶ月後に提出できたんだ。今回も、あの人が婚姻届を隠してしまったんだが、毎日が取り繕う日々で忘れていたんだ。だから、奈緒がスーパーのレジで落とした“旧姓”が書かれた診察券を見て焦った。しかも産婦人科だったから。まぁ、妊娠ではなかったんだが、それでもあの人から取り返して提出しないといけないと思いながらも、あの人を刺激するのも怖かったんだ。」


「どこまでも残酷な人なのね」

海は項垂れたままだった。




「わかった、ただの同居人なら何のわだかまりもなく出ていける」


「奈緒」



「さようなら、私の荷物は後日運び出します」


私はキャリーバッグに入るだけの荷物を持って家を出た。

海はただボンヤリとソファに座っていた。

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