たぶんもう愛せない
アナゴの天ぷらが目の前に置かれ、抹茶の塩につけて口に運ぶ。
サクサクでふわっとお茶の香りをしつつ、口の中で甘みが広がる。

「おいしい」

「奈緒の手料理には敵わないと思うけど」

「めちゃくちゃ負けてます。でも、本当にサクサクしておいしい」

その後も一つづつ天ぷらが運ばれてきたものを塩につけては口に運んでいく。
椀とご飯と香の物を平らげると、最後にデザートとして葛餅が出て来た。


「本当においしかった、連れて来てくれてありがとう」


「じゃあ、場所を移そうか」

「え?」

「この上だから」

いわゆる高級ホテルの天麩羅店で食事をした後、ラウジンに移動してシャンパンをいただいている。

「さて」と言うと海は居住まいを正しポケットから小さな包みを取り出すと私にプレゼントしてくれた。

「開けていい?」

「もちろん」

包みを開けると小さなジュエリーボックスが出て来た。
開けてみるとオパールのピアスが一対並んでいた。

「綺麗」

「指輪はしてくれないけど、ピアスなら常につけてもらえると思って」

「でも、こんな高そうなの落とすと怖いからおいそれとつけられないわ」

「落としたらいくらでも買ってくるから大丈夫だよ」

「それじゃあ、ありがたみがないんだけど」

ふっ
海が噴き出したのを皮切りにふと笑ってしまった。

前回はまだ結婚をしてなかったとは言え、一緒に住んでいた。
あの日、弥生は友人のパーティで、海智はどうしても外せない接待があると言っていた。帰って来たのは日付が変わった後だった。弥生に気を使うように誕生日を祝ってくれたのは5日後でケーキとプレゼントを買ってきただけ、だけどあの頃の私は既に海を愛してたから、ブランド品のバッグに喜んで私のために選んでくれたケーキに感激した。どちらもあの秘書が適当に買って来たものなのに。

今回だって、神山が買ってきたのかもしれない。
それでも、私のことを少しでも考えているプレゼントのチョイスに、誕生日の日に食事に誘ってくれたことが嬉しいと思ってしまう。

披露宴から1ヶ月近く、ずっと張り詰めていた糸が海のサプライズで緩んでいくのがわかる。
薬を盛られる心配のない状況と楽しいお酒ですっかりと酔ってしまった。
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