sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜
昼前に起きて、閉店後の時間を見計らって支店に行き、夜中に帰る。
その生活を毎日繰り返し、少しずつケーキを完成させた。
明日の結婚式を前に、ついさっき配送業者に完成品を託したところだ。

そして、事務処理を終えた店長と、今夜もコーヒーを飲みながら雑談する。
酒井さんの焼き菓子を食べながら。


「さっき業者が来てたね。大役お疲れさま。明日、会場で出来上がりを見るのが楽しみだよ」

「ありがとうございます。冷蔵庫と作業台、占有してしまってすみませんでした」

「いやいや。ところで、パリにはいつ?」

「週明けには戻るつもりです」


相変わらず、彼女は俺たちの会話には見向きもせず、毎日ひたすら焼き菓子と向き合っている。

そんな彼女の、オーブンに生地を入れた後や、焼き上がった菓子を見る時のやわらかい表情に、いつの間にか見惚れていた。

特にオーブンを閉める時の、
『美味しく焼けますように・・・』
と、目を閉じて小さくつぶやく姿に、すっかりやられてしまった。

やられた。
そう、心を奪われた。

大げさ・・・かもしれない。
でもそう表現するのが正しいと思うほどに、俺の目は釘付けだった。


彼女のひたむきさを、ずっと守ってやりたい。
できることなら、俺の手の届くところで。


・・・何を考えてるんだ、俺は。
兄貴の結婚式が終われば、またすぐパリに戻る身で。

ざわついた心を落ち着かせるため、気分転換に外に出ると、少し離れたところから店の奥を見つめている女性がいた。


「ん? 昨日も見かけた気が・・・」


何を見ているんだ?

声を掛けようと徐々に距離を詰める途中で、女性はその場から立ち去った。

後から考えれば、この時に声を掛けていれば、事件は起こらなかったのかもしれない。



兄貴の結婚式の翌日、運び込んだ道具を引き取りに、閉店後の支店に向かった。

もう明後日にはパリに戻る。
ここに来るのも、今日が最後だ。

結局、酒井さんとは一度も言葉を交わすことなく、ただ毎日、少し離れたところから彼女の仕事ぶりを見るだけに終わった。

一度だけ、話すチャンスはあった。

彼女が片付けをしている時に店舗裏を通りかかって、挨拶と焼き菓子の感想でも・・・と名前を呼ぼうとしたところで、パリからの着信を知らせるバイブ音が鳴り、未遂に終わったのだ。


「あれ・・・今日はふたりとも休みか?」


いつも点いているはずの、店舗裏の電気も事務所の電気も消えていた。
店長に改めてお礼をと考えていたが、いないものは仕方がない。

片付けを終え、支店を後にして家に戻った。


「おかえりなさい、友哉。片付け終わったんでしょ? 母さんに一杯付き合ってよ」

「いいけど・・・誰か来てるのか?」


リビングから、親父の話し声がする。


「ああ、弁護士さんと支店の高橋さんよ。支店の方で、何か問題があったみたいで」

「問題?」


一昨日まで5日間支店に通い、毎日のように店長とは話をしていたのに、問題があるようなことはひと言も話していなかった。

だとしたら、それが起こったのは昨日か?
まさか・・・あの女?

今夜、酒井さんが店にいなかったのも、もしかしたらそのトラブルに巻き込まれたからだろうか・・・。
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