sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜
「はい受領書。二葉ちゃん、土曜は何のお菓子にしようか」

「みなさんでお茶会・・・でしたよね」

「そうそう」

「それでしたら、いろんな種類の焼き菓子を少しずつ持ってきましょうか。お好みで楽しめますよね」

「いいわね。種類はお任せしていい? いつもより予算とるから、ちょっと多めに持ってきてもらえるといいかな」

「はい! ありがとうございます」


電話だわ、と所長さんが事務所に戻って行った。 

ちゃんとお礼が言えなかった『友哉くん』のことを聞こうと思ったのだけれど・・・ま、今度でいいか。
私は車に乗り込み、厨房に戻った。

酒井 二葉(さかい ふたば)、34歳。
職業はパティシエール。フリーランスで、小さいながらも自分の厨房を持っている。
『プティガトー』(フランス語で小さな焼き菓子)という名前だ。

厨房は持っているけれど店舗は無く、注文販売という形を取っている。
規模の小さい介護施設や保育園、あとはネット通販でも注文を受け付けている。

製菓学校を卒業して、とある有名パティスリー(お店)に勤務していた。
任せてもらうお菓子が少しずつ増えていくのが楽しくて、毎日遅くまで仕事にのめり込んでいた。

のめり込み過ぎて、取り返しのつかない事態を招いてしまったのだけれど・・・。

♫♩♩♫~
ぼんやりと昔のことを考えていると、仕事用スマホの呼び出し音が鳴った。


「はい、プティガトーです」

「あの、子供の通っている保育園で紹介されまして・・・今度、保育園のママ達で集まって、アフタヌーンティーしようということになって、ぜひお菓子をお願いできたらと」

「そうなんですね、ありがとうございます。食べたいお菓子やご予算、お聞かせくださいますか? アレルギー対応もできますよ」


パソコンにひと通り入力しながら、必要事項を聞いて電話を切った。
他の予定との重なり具合を確認し、材料の買い出しリストを更新したりした。

ふと気付くと、いつものことながら厨房には私ひとり・・・。
分かってはいるけれど、なんだか急に気が滅入って、大きめの音量で音楽を流した。


「そうだ、新商品めぐりでもしよう!」


誰もいない工房で、カラ元気を出すために大きめのひとり言を口にした。

気持ちが沈んだ時は、ウォーキングがてらお店をめぐって、作り手の想いがこめられた美味しいお菓子を食べることにしている。
私自身も、私のお菓子で少しでも元気を取り戻してくれたら・・・そんなことを考えながら作っているから。


「どこのパティスリーに行こうかな・・・」


厨房の鍵を閉めて、スマホでお店を検索しながら大通りに出た。

20分ほど歩いただろうか。
通りに面した新築の店舗が目にとまった。
工事に関わる人たちが何人も出入りしていて、ガラス張りの窓の中にはショーケースも見える。


「えー、カフェ? それとも、新しいパティスリーができるとか?」


こんな通り沿いにお店が出せるなんて、本当に羨ましい。私も、あのまま辞めずに続けていたらいつかお店が持てたかな・・・。

深いため息が出た。
今日はどうも気持ちが滅入る日らしい。


「おい、そんなところに突っ立ってたら邪魔だぞ」

「あ、ごめんなさい」


条件反射で謝ると、そこにいたのは『友哉くん』だった。
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