意地悪幼馴染みが優しくなって帰ってきたけど、全然信用できません!!


(……はぁぁぁ、これ、現実……? )


熱る頬と、冷たい空気の差が激しい。
頬を撫でられた時に指が触れた一筋、唇が触れただろう髪、頭も。

本当に、まさかこんなことになるなんて――言ったとおり、陽太くんと再会した当初は思ってなかった。

絶対許せないって。
絶対許しちゃダメだって、そればかり考えてたのに。
なのに、私のあれは――。


(嫉妬)


名前も知らない女の子。
ううん、お客さんに嫉妬してた。
結婚式のことだって、そうだ。
きっと、陽太くんは快く引き受けてくれる。
そう知ってて、特別だって、特別にしてくれるって確認した。それって、つまり。


(陽太くんが、私にも特別だから。……好き、ってこと……)


それならそう言えばいいのに、このうえ更に流されることで、自分の責任を軽くしようとして。


(本当に、なんで好きでいてくれるんだろ……)


こんな醜い感情すら、彼は「幸せの絶頂」だなんて表現してくれる。


『可愛い』


――って。
こんな気持ちには、相応しくない形容詞をくれるの。


(うー、やめやめ)


熱いやら寒いやら忙しい。
何にしても、私たちは付き合ってるんだ。
結婚式のことも、もう決まったこと。
だったら、言われたようにどうしたいか考えて、やってもらって。
今度こそちゃんと、素直に――……。


伊坂(いさか)さん」


やっと完全にふっと力を抜いたタイミングで苗字を呼ばれて、慌てて肩に力を戻す。


「お疲れさまです……じゃないですね。こんばんは」

「池田さん……」


こんばんは、は上手く言えなかった。
この辺りで遭遇したのに驚いたのと、今が業務時間外だったのと――そんな時間にそんな場所で、この前以来顔を合わせたのが気まずかったのと。


「みっともないですね」

「……えっ? 」


唐突に、あまり面と向かっては言われない言葉に衝撃を受けて、かなりの間を置いたあと、きょろきょろと自分で見れる範囲を精一杯見渡す。


「いえ。私のことです。出番なんてないのに、あんな名刺をお渡ししたりして」

「え……」


くすっという音に、私の動きが止まる。


「……写真、見ました。エレベータで騒いでる人がいて、伊坂さんのお名前が出たのでつい」

「……あ……」


気まずいなんてもんじゃない。
何も、どうも言えない。
写真だって、彼氏がいるのだって、今は事実だ。


「あまりにみっともなくて、これ以上ないくらい恥ずかしいので」

「…………」


「そんなことないです」は失礼だ。
池田さんにも、陽太くんにも。
だから、返す言葉ができるまで、ひたすら待つしか――……。


「この際、もっとみっともなくなろうかと」

「…………え? 」


――ない、と思ったのに。


「もう少し、抗ってみてもいいでしょうか」


肩にそっと指を乗せられ、目線を上げた。
それは紛れもなく池田さんの手で、でも、見上げた先のその顔は。


「……奪う努力、させてもらいますね」


見たことないくらい、満面の笑みで――仕事上の付き合いでは知りようもないくらい、意地悪だった。


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