若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 そう言えば、と炊飯器の中身を確認し、鍋の蓋を開けてみる。今日もご飯とお味噌汁が明日の朝の分くらい残っている。
 明日の朝、これを一人で食べるのか……。寂しいな。嫌だな。
 思わず、お鍋を覗き込んだまま動作が止まっていたらしい。牧村さんが

「響子さん?」

 と声をかけてきた。

「……牧村さん」

「はい」

「えっとですね」

 一瞬、ちゃんと話をしようと牧村さんの顔を見上げた。
 次の瞬間、でもなんて言えば良いのか分からなくなり、視線が下がる。
 そうしたら、牧村さんは一歩私の方にやって来たと思ったら、その場で抱きしめられた。

「嫌なことは嫌って言って良いんですよ?」

 頭を優しくなでられ、背中をゆっくりとさすられる。
 私、そんなに嫌そうな顔してたかな。

「……一人で、ご飯食べるの、嫌なんです」

 なんて言えば良いのか分からず、ただそう説明した。
 何故だとか、そういう細かい説明は省いてしまった。そんなこと口にしたら、泣けてくる気がして。

「そうでしたか。ごめんなさい。じゃあ、この前も」

「あ、いえ、美味しかったです!」

 慌てて顔を上げると牧村さんはにこっと笑う。

「ありがとうございます。でも美味しいのと、一人で食べるのが嫌なのとは違う話ですよ?」

「……まあ、そうですが」

 問題なのは味じゃなくてシチュエーション、かな。
 二人で食べるご飯は本当に美味しいし幸せだし。

「病院で食べるのなら大丈夫ですか?」

「はい。朝はほとんどそうしてます」

 医局に誰もいないこともある。けど、そもそも一人が嫌というよりかは、この部屋で一人で食べるのが嫌なだけだから、向こうで食べる分にはまったく気にならない。

「そうだな……じゃあ、おにぎり作るので持って行きます?」

「え?」

「ただのおにぎりだと、さすがに味が落ちる気がするので、焼きおにぎりとか」

「え、焼きおにぎり?」

「嫌いじゃなければ」

「好きだと思います」

 そんなに食べたことはないけど。

「じゃ、すぐ作るので待っててくださいね」

「え、でも……」

「響子さん、大丈夫です、これは餌付けなんで。一ヶ月後に正式にお付き合いしてもらえるように、頑張ってるだけだから、やらせてください」

 耳元でそうささやかれて、うわっと思いつつささやくように「はい」と答えてしまう。
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