若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「……こさん、響子さん。着きましたよ」

 どこかで聞いたような台詞……。
 そう思いながら、徐々に覚醒する。目が覚めたら車の中だった。窓から見えるのは、古ぼけたアパート。我が家だった。

「……おはようございます」

 寝ぼけた声でそう言うと、

「おはようございます」

 と、楽しそうに笑った牧村さんに、なぜか頭をなでられた。

「すみません。寝ちゃいました」

 そう言うと、牧村さんの笑みが更に深くなった。

「大丈夫ですよ。お疲れなのは分かってますし。帰ったら早く寝てくださいね」

 あくびをしていると、シートベルトを外してくれた。
 至れり尽くせりとはこのことだ。
 そのまま、牧村さんは助手席側に回ってくる。自分で……と思うけど、寝ぼけているせいか動作が緩慢で追いつかない。
 結局、ぼんやりしている間に荷物を持たれ、手を引かれ、気がつくと部屋の前まで送られていた。

「おやすみなさい」

 その言葉と一緒に抱きしめられる。
 背中に回された手が移動し頭をゆっくりとなでられた。
 頬に当たる感触がスーツではないことに今頃気付く。肌触りの良いニットにジャケット。
 ホント、何も見ていなかった……。
 なんだか、とても申し訳なくなってくる。

「……おやすみなさい」

 小声で答えると、牧村さんの腕に少し力が入って、ギュッと抱きしめられた。
 それから、ゆっくりと身体が離される。ぬくもりが遠ざかるのが、なんだかとても寂しかった。
 名残惜しくて、牧村さんの顔を見上げると、

「どうぞ」

 と鞄を渡される。
 受け取ると、もう一つ紙袋が差し出された。

「これ、明日食べてください」

「え?」
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