若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 運転席から出て助手席に回った。ふうーっと深く深呼吸をしてから助手席のドアを開ける。
 未だ眠そうな響子さんの鞄を持たせてもらい、柔らかな手を取り、家の前まで送らせてもらう。

「おやすみなさい」

 中に入りたい、もっと一緒にいたい気持ちを閉じ込めて、響子さんをそっと抱きしめた。
 それだけでは我慢できず、形の良い頭も撫でさせていただく。響子さんの髪の毛は今日もサラサラと僕の指の間からこぼれ落ちる。

「……おやすみなさい」

 腕の中の響子さんが小さな声でそう言った。
 もうお別れの時間。寂しさのあまり、抱きしめる腕に力が入る。
 いつまでも抱き締めておきたい、この腕に閉じ込めたいと言う想いを断ち切るように身体を離した。
 僕を見上げた響子さんの表情が寂しそうだと感じたのが、僕の勘違いじゃないといいのに。

「どうぞ」

 と鞄を渡す。
 それから、店で頼んだ柿の葉寿司の入った紙袋も差し出す。

「これ、明日食べてください」

「え?」

「三日くらいは大丈夫なので、病院で。柿の葉寿司なんですが」

 今日の午後の作り立てなのを確認済みだ。
 さすがに三日経ったら味も落ちるだろうから、明日の朝と昼とか、そんな感じで食べてもらえるといいなと思う。

「柿の葉寿司?」

「はい。今日行ったお店で取り扱ってるので。……苦手じゃないですよね?」

 本当に好き嫌いはなさそうだし確認せずに頼んでしまったけど、もしかして好きじゃなかったかな? と心配になる間もなく響子さんは、

「大丈夫。好きです」

 と答えてくれた。だけど少し自信がなさそう。そんなに食べたことがないのだろう。
 でも、嫌いとか苦手とかいう気持ちがないなら大丈夫。ここの柿の葉寿司は本当に美味しいから、きっと気に入ってくれる。
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