若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 真っ暗な廊下の向こうに明かりの点いた部屋が見える。響子さんを抱きかかえながら、小声で「お邪魔します」と言いつつ部屋に足を踏み入れる。
 シンプルなシーリングライトに照らされたのは、とても物の少ない部屋だった。木製のベッドと小さな折り畳み式のテーブル、壁際にシンプルな木製のデスク。床には厚手のラグが敷かれていた。決して広くはない部屋が、物がないせいかやけに広々ともの寂しく感じられた。
 ベッドの横には今朝持っていた鞄が無造作に引っくり返っていた。

「ベッドで横になりましょう」

 と声をかけてみるものの、反応は皆無。抱きかかえている響子さんはグッタリとしていて答えられないのではなく意識がない気がする。
 掛け布団はしっかりと閉じられた状態で、その上に人の寝た跡がある。帰宅した後ベッドに倒れ込んで、今の時間までそのまま布団もかぶらずに寝ていたのだろうか?
 三月頭の気温は決して高くはない。この部屋は薄手のコートを着ている状態で丁度いい気温だ。いや、ほおに当たる空気は冷たく肌寒いと言ってもいいだろう。
 こんなところで何時間も……?
 そりゃ熱も上がるだろう。本当に来て良かった。いや、もっと早く来ればよかった。
 布団をめくって響子さんを下ろす。迷った末に、座らせた状態で上半身を自分にもたれかけさせ羽織っていたジャケットを脱がせた。それから、そっと身体を倒して布団をかける。

 さてどうしよう。
 さすがに体温計は買ってこなかったけど、額に触れるだけでも38度は軽く超える発熱だと分かる。額に冷却用のジェルシートを貼っても良いものだろうか? 買ってはきたものの、このシート自体には解熱効果はない。気持ち良い程度のものだ。帰宅してすぐ倒れ込むように寝たのだとすると、化粧も落としていないはずだ。その状態で貼るのは微妙な気がする。よし、やめておこう。
 薬も買ってきたけど、眠っていては飲ませられない。水分補給も今は無理だ。
 病院に連れて行った方が良いのか、様子を見ても大丈夫なのか?
 とりあえずできることをと額と首筋の汗を拭いてはみたが、それ以上にできることを思いつかない。
 悩んだ挙句、ああそうだ、うちに丁度良い人がいたのだったと、父に電話することにした。
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