若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 そう。一般的に言うと、これは一目惚れだ、多分。
 これまで出会って来た多くの女性に感じた『この人じゃない』感。そして今日、響子さんに会ったあの瞬間に感じた『この人だ!』という強い想い。
 こんなことは響子さんが初めてだから、これが一般的な一目惚れなのかは分からないけど。

「すみません。出会ったばかりなのに厚かましくて」

「あ……いえ」

 戸惑った空気は感じるけど、ドン引きという感じではない。
 良かった! ここは、もう少し押しても大丈夫?

「改めまして、牧村幹人、独身です。不倫とか浮気とかじゃないので安心してください。後、バツイチとかでもないです」

「……はあ」

 今、この情報いらなかった?
 だけど、もう引けない。あと少しだけ。

「年は三十五歳。もうすぐ三十六歳です。牧村商事って会社の社長をやってます」

「……そういえば、名刺頂きましたっけね」

 そう言うと、響子さんは視線を宙にしばしさまよわせた後、

「若園響子と言います。N大学病院で脳外科医として働いてます」

 と自己紹介してくれた。

「やっぱりお医者さんでしたか」

 既に『若園先生』呼びしているのに、本人の口から聞いたらポロッと口に出てしまった。
 響子さん、不思議そうな顔で小首を傾げた。やばい、この仕草可愛い! じゃなくて……。

「すみません。いえ、うちの父親も医者なんですよ。先生と同じような匂いがするんで」

「……ああ、匂い」

 そう言うと、またしても不思議そうな顔をして、響子さんは自分の腕を引き寄せてクンクン匂いを嗅ぎ始めた。
 ああダメだ。可愛すぎるだろう!
 違う違う。ここは不審者疑惑をしっかり払拭する場面だ。

「後すみません。車に名刺入れが落ちてまして、中を改めさせて頂きました。そちらに若園先生のお名前があり表札も同じ名前でしたので、きっとご本人だろうなと」



 その後、響子さんが歯磨きをして顔を洗って部屋着に着替えるところまで見届けてから、響子さんの部屋を後にした。ベッドに寝かしつけてから出たかったけど、さすがにそれは口にしなかった。それでは施錠できないから。
 玄関まで見送りに来てくれた響子さんのおでこには、「これ気持ちいいから好き」と言って貼ってくれた冷却用のジェルシート。ラフな服装にそんな姿も可愛かった。

「また明日」

 と言うと、

「もう大丈夫ですよ?」

 と言われたけど、ニコッと笑ってごまかしておいた。
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