若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「……お試しって言ったじゃないですか」

「ハグはダメでした? 親しい人同士の挨拶ですよ?」

 いや、それって日本の話じゃないよね!?
 挨拶だと言いつつも、牧村さんは私を解放してくれる。

「それ以上は、我慢するので」

 解放はしても譲る気はないらしい。そして、ハグだけでその先は我慢してくれるらしい。
 両肩に手を置いて、またジッと目を覗き込まれる。
 これ、ホント焦っちゃうからやめて欲しい……。そう思いつつも、気恥ずかしいだけで嫌ではないから、また困る。

「すみません、気が逸ってしまいました」

「あ、いえ、その……慣れてなくて、すみません」

 ああもう、二十九にもなってカッコ悪いなぁ。男性と付き合ったことがない訳でもあるまいし。確かにかなり久しぶりだけど……。

「待ちますね」

「え?」

「響子さんが慣れてくれるまで、待つので大丈夫です」

 牧村さんの手が肩から離れたかと思うと、私の髪をスッと掬い上げ、そのままもう一度、右手で頭を左手で背中を支えながら抱き寄せられた。
 ちょっと待て。慣れるまで待ってくれるんじゃなかったのか!?
 それとも、慣れるために何度でも、ということか!?

 数秒の後、牧村さんはそっと私を離してくれた。二度目のハグではみっともなく慌てたりしなかったけど、ただ単に驚いて反応できなかっただけで、焦っていない訳ではない。
 振り回されてる自分がちょっと恥ずかしかった。でも、仕方ないじゃないか。本職(結婚詐欺師)に恋愛スキルで敵うわけがない。

「明後日の夜、また来てもいいですか?」

「ここに?」

 そう言えば、さっきもそんなことを言っていた気がする。

「はい。早めに仕事を終えて、何か作りに来ます」

「いいんですか?」

「もちろんです。簡単なものしか作れませんが。安心して餌付けされてください」

 牧村さんはそう言うと、にっこり笑って私の手をそっと握った。



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