離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる
この調子でいけばいずれは兄が継ぐこの会社の中で順当な役職につき、仕事もプライベートも完璧な人生がおくれるはず。
……まあ、これはたぶんの話だが。

課長から頼まれた仕事は、取り掛かっていたこともあり、一時間ほどでカタがついた。今日は“妻”と会う予定もない。帰ろうかとパソコンをシャットダウンしていると、兄の誠がオフィスに入ってきた。すでに帰宅している同じフロアの営業一課の課長デスクに書類を置いて、俺のもとへやってくる。

「瑛理、今帰り?」
「ああ、兄貴は?」
「俺ももうちょっと。でも、今夜は親父の付き合いで三栖グループの幹部と会食」
「忙しいな」

兄は明るく「美味しいもの食べてくるだけだよー」と笑う。裏で頑張っていても、あまり苦労や努力を周囲に見せず、朗らかに振舞うタイプだ。
俺もスマートに振舞うのが好きだけれど、努力や頑張りは見せて周囲に恩を売っておく打算的なタイプなので、人間性的には兄の方がよっぽど優れている。兄はしづき株式会社を継ぐのにふさわしい男だと思う。

「瑛理は、柊子ちゃんに会いに行くのか?」
「いや、そんなにしょっちゅう行かないよ」
「別居とはいえ、夫婦なんだからちょくちょく会いにいかないと。柊子ちゃん寂しがって泣いてるかもしれないだろ?」

新婚の弟夫妻の仲を心配している様子で、わざと茶化して言う。柊子に限ってそれはないから安心してほしいところだ。

「柊子ちゃん、結構鈍感なところがあるから、瑛理もはっきりと気持ちを伝えないと駄目だぞ」
「伝える気持ちなんか今更ないよ。柊子だぞ」
「またまた~。幼馴染から奥さんになったんだから、むしろはっきり好意は口にしていかないと。言いづらければ、薔薇の花でもアクセサリーでも贈ってやんなよ」

だから言葉にできない分、毎度家を訪ねるときは花をもっていっているのだが、伝わっている気配はゼロだ。
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