やわく、制服で隠して。
腕時計の針はもうすぐ“2“のところ。
十時過ぎに深春の家に着いて、四時間も経ったことになる。

あっという間だった。
時間の経過をまったく感じなかった。
話の途中で深春のお母さんが言った”事実は小説よりも奇なり“って言葉。

自分の人生の中でその言葉を強く感じる時がくるなんて思ってもいなかった。

手の甲の絆創膏をゆっくりと剥がす。
白の小さいガーゼに、点々と付着した赤。
手の血はとっくに止まっていて、引っ掻き傷のように赤くなっているだけだった。

深春が私の妹…?
そんなこと、今更思えるわけないよ。

真実を知っても、私の中の深春への想いは消せそうになかった。
深春のことが好きだ。
この気持ちは絶対に、家族に対するものとは違う。

ママとパパがこの町で暮らしていくことを決めなかったら。
…ううん、きっとママは…。
ママはずっと深春のお父さんに会いたかったのかもしれない。パパを利用して。

私が今の高校を志望していなかったら。
…それも違う。
私がどこに行ってもきっと、深春の両親は私を見つけ出すだろう。

じゃあ深春と出会っていたとしても、声をかけなければ。
ただのクラスメイトの一人として、挨拶を交わすぐらいの関係で終わっていたら。

それもきっと、そうはいかないだろう。
私は遅かれ早かれきっと、深春に恋をしていた。

どんなに沢山の”もしも“を並べてみても、現実は変えられない。
夢ならいつかは覚める。
でもこの現実は覚めない。

死ぬまでずっと。
ずっとずっと抱えていかなきゃいけない現実。

自宅の玄関の前。
急に知らない人の家に来てしまったみたいな感覚に陥った。

真実を隠して、仮面を被って踊り続けていた。
踊らされていた、私も都合のいい駒の一つ。

パパは、私が真実を知ったと分かったらどんな顔をするだろう。
その本当の父親が深春のお父さんだってことは、パパも知らないはずだ。

深春の両親やママが、人の人生を天秤にかけて守りたかった物。
その天秤が傾いた恋の重さが理解できないわけじゃない。
その気持ちが消せない自分自身のことも怖かった。

家の中に入る。
シン、としたリビング。
ママは居ない。

家族が壊れてからの数ヶ月。
滅多にリビングにも下りて来なくなったママは、一人でずっと何を思っていたのだろう。

家族を壊すきっかけを作った私と元家庭教師をずっと憎んでいたのか。
再会した深春のお父さんのことを想い、パパが救った今までの暮らしのことは忘れてしまったのか。

一人、血の繋がりが無いパパ。
盲目になったフリをして踊り続けたパパだって、本当はもう、まともな感情ではいられなかったのかもしれない。
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