椅子こん!
北国編
 ◆国民恋愛調査(国民は全員受けましょう)◆


「パートナー制度改正のお知らせに伴い、同性愛、疎通が可能なパートナー、対物性愛に制度が広く適用されます。人類の恋愛、幸せに乾杯。


 また、国民恋愛調査を行っております。
 提出されないと恋愛制度の否定と見なされ、サービスが制限される場合もありますのであらかじめご了承ください。なお、募集期間中、提出の確認が取れない場合は回収員が伺います。 
 やむを得ず事故や怪我などに巻き込まれる場合につきましては、確認を取り次第、代理の方に書いて提出いただくことができます」


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『もしもし? かぐらしあつ子ですけど?』
すっとんきょうな高い声が、送話口から響いてくる。
準幹部に位置していたアッコだ。
 恋愛総合化学会では、高い給料で研究者や学者を招いて、恋愛を総合化するための研究をしている。
 そのときのアッコはまだ、今のようにギョウザさんとハクナを取り持つ準幹部ではなく、その道の専門家の一人でしかない。

「アッコか、どうかしたか」
 電話を受けている男は、アッコの古くからの友人で、最近ハクナの指揮を任されることになるところだった。
『あれだけ疎外感を与えても誰とも付き合おうとしない子たちの選別が、終わったんですけど?』
 
 新しい会長の指揮のもと、学会は新たに万本屋らを中心に勢力を拡大しつつあった。そして同時に44街で視認される魚型クリスタル、スキダを使って、魔を退けるためのプロジェクトが動き始めていた。

 純度の高いクリスタルは、他人のスキダの干渉により濁らない。
そして魔を退ける。
ある女の研究から、わかってきたことだ。欲に染まった会長らの思考はその件以降、ますます歯止めがきかなくなった。
『使わないならもらってしまおう』
『捨てるのがいけない』
そんな身勝手で傲慢な考えが学会中で肯定されていた。

「わかった、ハクナに伝令を出そう。

──宝石の採取日が決まったら、連絡をくれ」

学会宿舎の部屋で、まだ目覚めたばかりでありながら声だけはハキハキと話し、アッコの通話を終えてすぐに連絡。こうして男の指示のもと、ハクナ部隊はすぐに準備を始める。
 秘密の宝石を作るために目星をつけてある家のリストがあり、彼らはそれを『秘境』と呼んでいた。
採取日まで見張りを続け、採取、製造をし奉仕活動の日に合わせて北国に売り渡す。


「──もうすぐ、つぎの、採取日だな」

 恋愛規制によって、通常の人間は恋愛以外の情報は強制的に外に出すような法律はないのだが、秘境の情報は幹部にまで回されている、プロジェクトの中枢である。もちろん、ずっと以前より監視していることは組織内部にしか伝わらない。

「表向きは、募金で、無料の病院を作ると言っている」



「みんなに参加してもらって宝石を育てるべく孤独にさせる為には、個人の人格の問題にしなくてはならない。対象の性格や容姿の話へのすり替えももう少ししていこう」

◆◆

「諸君。

スキダはただのクリスタルだが……ときどき、不思議な現象を引き起こすらしい。
これが、このたびの強制恋愛条例でより顕著になってきた。

──つい昨日の観察班の報告によれば、
スライムが凶暴化して対象のもとに乗り込んだとのことだ。
数十、から数百のクラスターを連れて!!!」

公民館内に設けられた、恋愛総合化学会の定例会会場で男がボードを叩きながら声を張り上げる。その力で彼の頭の上の疑似髪もふわっと舞い、すぐに定位置に着地する。

「まぁっ!!!? あぁ~……」

藤色のスーツを着込んだ会長が、両手で顔を覆いながらしなっと崩れるように事務椅子に倒れる。

「会長!! 倒れるのは早いですよ」

「だが、このスライムは数時間後には死体となって発見されているのです!」

 会場がざわめく。
スライムが凶暴化させたスキダが、対象を殺さずに、殺されているというのだ。
彼らはこれに驚かないわけにはいかなかった。

「その相手というのは……」

「スライムがスキダを向けたのは、あの『悪魔』。
悪魔には冷酷な感情しかありません。
スキダを躊躇いなく殺しました」

おおっ、と会場が沸き立つ。

「これは恋愛総合化学会内部での秘密にしましょう。万が一、市民にこのことが知られたらマニフェストが台無しです」

会長は頭痛を抑えながら苦々しく呟いた。

「……クラスターを引き連れたというのは、つまり共感を内外に広げられるということですよね。場合によっては我々が後押しした政治にも関わってきます」

禿げた男が汗を拭きながら答える。

「今のところは……異常者の体質、個体の差によって過剰に能力が引き出されると思われます」
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